「共産党は、いったい何を目指しているのか」――この問いに、すらすらと答えられる人は、案外少ないのではないでしょうか。私自身、20年間お金を投じ、20年間事業の現場で景気の波をかぶってきましたが、中国という巨大な存在を「お金の置き場所」として眺めるとき、いつも最後にぶつかるのが、この一点でした。経済の数字は読めても、その数字を動かしている「意思」――つまり、共産党という統治者が何を望み、何を恐れ、どこへ向かおうとしているのか――が読めなければ、その国の土台がどちらへ傾くのかは、結局のところ見えてこないからです。
今回は、政治体制の善し悪しを論じるのではありません。私が見たいのは、あくまで「お金を預ける先として、その統治者はどんな論理で動いているのか」という一点です。共産党を称えるのでも、断罪するのでもなく、その「統治の論理」を、できるだけ落ち着いて読み解いていきます。これは「中国から学ぶ資産形成シリーズ」の第6話です。前回までの流れを押さえておくと、今回の話がぐっと立体的になります。
なお、本記事はあくまで一人の個人投資家の見解であり、特定の国・政治体制・企業・金融商品の将来や、特定の投資行動の結果を保証するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。お金や経済の話は人生に直結する重い話題(YMYL領域)ですから、私はできるだけ「断定」を避け、「私はこう考えている」という言い方を心がけます。中国に対する私の立場も、その政治体制を称えるのでも、断罪するのでもなく、「仕組みとして理解し、距離を測りながら付き合う」中立です。
建国から改革開放、現代へ——統治目標の変遷
「共産党は何を目指しているのか」を考えるとき、いきなり今の姿だけを見ても、本質はつかめません。人を理解するのに生い立ちを知るのが役立つように、統治者を理解するにも、その歩んできた道筋をたどるのが近道です。共産党の「目標」は、実は時代ごとに大きく姿を変えてきました。私は、ここを押さえることが、これからの中国という土台を読むうえで欠かせないと考えています。
建国期——「立ち上がる」ことが目標だった時代
1949年に建国された当初、共産党が掲げた最大の目標は、ごくシンプルに言えば「ばらばらだった巨大な国を、一つにまとめ、外国に振り回されない独立した国家として立ち上げる」ことでした。長い混乱と外国からの圧力を経験してきた国にとって、「もう二度と、外に踏みにじられない」という思いは、私たちが想像する以上に根深いものだったと言われます。
この時期の統治目標は、経済的な豊かさよりも、まず「統一」と「独立」でした。お金の論理で言えば、リターンを追う前に、まず「土台が崩れない」ことを最優先した段階です。私はここに、共産党という統治者の最も深い動機――「とにかく国がバラバラになることだけは避けたい」という、強烈な安定志向の原点があると見ています。
改革開放——「豊かになる」ことを目標に据えた転換
大きな転機は、1970年代末から始まった「改革開放」です。それまで閉じていた経済の扉を外に開き、市場のしくみを部分的に取り入れ、外国の資本や技術を呼び込む。この方針転換によって、中国は驚異的な経済成長への道を歩み始めました。「白い猫でも黒い猫でも、ねずみを捕る猫はよい猫だ」という有名な言葉に象徴されるように、思想の純粋さよりも「結果として豊かになれるかどうか」を重んじる、現実的な路線への転換でした。
この時代の統治目標は、明確に「経済成長による豊かさ」へとシフトします。なぜか。私の理解では、「人々が豊かになっていく実感こそが、共産党が国を治め続ける正当な理由になる」と、統治者自身が考えたからです。この点は次の章で詳しく掘り下げますが、ここで覚えておきたいのは、「成長」が単なる経済政策ではなく、統治の土台そのものに組み込まれた、という事実です。
現代——「成長一辺倒」からの再転換
そして現代。数十年にわたる猛烈な成長を経て、中国は世界第二の経済規模を持つ国になりました。ところが近年、統治目標はまた少しずつ姿を変えつつあるように、私には見えます。「とにかく経済を大きくする」という一辺倒の段階から、「成長で生じたひずみ――格差や、特定の巨大企業への力の集中、不動産の過熱など――を手当てし、社会を安定させる」ことへと、重心が移ってきているのです。
この「成長から安定・分配へ」という重心の移動が、投資家にとっては実に厄介な、けれど見逃せない論点になります。それが、後の章で触れる「共同富裕」や「民間規制」といった、私たち投資家を驚かせた政策の背景にあるからです。統治目標は、固定された一枚岩ではなく、時代の必要に応じて書き換えられていく――この理解が、すべての出発点になります。
「成長による正統性」という暗黙の契約
前章で「成長が統治の土台に組み込まれた」と書きました。ここをもう少し深く掘り下げます。なぜなら、これこそが「共産党は何を目指しているのか」という問いの、最も核心に近い部分だと、私は考えているからです。キーワードは、私なりに言えば「成長による正統性」、そして統治者と人々のあいだに結ばれた「暗黙の契約」です。
選挙で選ばれない統治者は、何によって認められるのか
第5話でも触れたように、中国は選挙によって政権が交代する仕組みではありません。すると、ひとつの根本的な問いが生まれます。「選挙という形で人々の信任を得るのでないなら、共産党は、何をもって『自分たちが国を治める正当な理由』としているのか」という問いです。
私の理解では、その答えのかなりの部分が「成長」です。つまり、「私たちが治めているあいだ、国は豊かになり続け、人々の暮らしは良くなってきた。だから、私たちが治め続けることには理由がある」――この「結果を出すことによる正当性」が、選挙の代わりに統治を支えている、という構図です。これを私は「成長による正統性」と呼んでいます。
「暮らしを良くする代わりに、安定を委ねてもらう」という契約
この構図を、私はしばしば「暗黙の契約」というイメージで捉えています。統治者と人々のあいだに、紙には書かれていないけれど、たしかに存在する取り決め――「私たちは、あなたたちの暮らしを着実に良くしていく。その代わり、社会の安定と統治のあり方は、私たちに委ねてほしい」という契約です。
私は子どもにこう説明しました。「お父さんが家計をしっかり回して、みんなのご飯と教育を守れているうちは、家のお金の使い方はお父さんに任せてもらえるよね。でも、もしお父さんが家計をぐちゃぐちゃにしたら、『なんで任せてたんだ』って話になる。国の統治も、それに似たところがあるんだよ」と。乱暴なたとえですが、「結果を出し続けているあいだは委ねてもらえるが、結果が出なくなると土台が揺らぐ」という関係の本質は、伝わると思います。
この契約が、政策の「なぜ」を解く鍵になる
この「暗黙の契約」という補助線を引くと、後で見る一見ふしぎな政策の数々が、急に理解しやすくなります。共産党が何より恐れているのは、突き詰めれば「契約が破れること」――つまり、人々が「もう暮らしは良くならない」「この社会は不公平だ」と感じ、統治への信頼が崩れることです。だからこそ、成長を維持しようとするし、同時に、成長が生んだ格差や不満が大きくなりすぎれば、それを抑えにかかる。
投資家としての私が、ここから引き出す教訓はこうです。中国という土台では、企業の利益よりも「社会の安定」と「統治への信頼維持」が優先される場面がある。経済合理性だけでは説明できない動きが起きたとき、その裏には、たいていこの「暗黙の契約を守ろうとする論理」が働いている。この視点を持つだけで、次章の「驚いた政策」も、感情ではなく構造として読めるようになります。
共同富裕と民間規制——投資家が驚いた政策転換の事例
ここからは、より具体的な話に入ります。近年、世界中の投資家を驚かせ、中国株を大きく揺さぶった政策の動きがありました。代表的なのが「共同富裕(みんなで豊かになろう、という方針)」というスローガンと、それに前後して相次いだ「特定業界への強い規制」です。なぜ、好調だった企業が、政府の方針一つで揺さぶられたのか。前章の「暗黙の契約」を補助線に、冷静に読み解いてみましょう。
「共同富裕」とは何を意味したのか
「共同富裕」は、ごくおおまかに言えば「一部の人だけが豊かになるのではなく、社会全体で豊かさを分かち合おう」という方向性を示した言葉です。背景には、数十年の急成長が生んだ「格差の拡大」への危機感があったと言われます。豊かになった層と、取り残された層。この溝が広がりすぎれば、人々の不満が高まり、前章で見た「暗黙の契約」が破れかねない――統治者がそう判断したとしても、私は不思議ではないと思います。
つまり「共同富裕」は、経済を最大化するための政策というより、社会の安定を守り、統治への信頼を維持するための政策として読むのが自然です。ここで、統治の論理が「成長一辺倒」から「成長と分配のバランス」へと舵を切ったことが、はっきりと表に出てきます。
なぜ好調な業界が、急に規制されたのか
この方向転換と前後して、いくつかの業界が、政府による強い規制を受けました。具体的な企業名や業界名をここで細かく挙げることは避けますが、たとえば、急成長していた一部のIT・プラットフォーム関連や、教育関連、不動産関連などで、ある時期を境に、それまでの追い風が一転して逆風に変わる、という出来事が伝えられました。前日まで「成長の象徴」だった企業の価値が、規制の発表によって大きく揺らいだのです。
純粋な経済合理性の目で見れば、「好調で雇用も生み、税も納めている企業を、なぜわざわざ叩くのか」と感じます。実際、世界中の投資家がそう感じて、戸惑いました。けれど、「暗黙の契約」のレンズで見ると、別の景色が見えてきます。統治者にとっては、その企業が「社会の安定」や「統治への信頼」にとって望ましくない影響を持ち始めた、と判断されれば、経済的に好調かどうかは二の次になり得るのです。力を持ちすぎた民間の存在、格差を象徴する存在、人々の不満の火種になりかねない存在――そう見なされた瞬間、追い風は逆風に変わる。
投資家が学ぶべきは「驚かないための視点」
私がこの一連の出来事から学んだのは、「中国はけしからん」という感情論ではありません。学ぶべきは、「この土台では、企業の業績とは別の論理で、ルールが書き換わることがある」という事実を、あらかじめ織り込んでおくという、ただそれだけの冷静さです。
私は子どもにこう言いました。「すごく強いチームでも、リーグの運営側が『あのチームは強すぎてつまらない』と思ったら、ルールを変えてハンデを背負わせることがある。それが良いか悪いかは別として、そういうルール変更が起こりうるリーグなんだ、と知っておくことが大事なんだよ」と。企業の決算書をどれだけ読み込んでも、「統治者がいつ、どの業界を、社会の安定のために手当てしにかかるか」は、決算書には書いていません。これは、第5話で触れた「カントリーリスク」「制度そのものがリスクになる」という話の、最も生々しい実例だと、私は受け止めています。
共産党リスクとは具体的に何か(規制・接収・上場廃止)
前章で見た「驚いた政策」を、もう少し体系立てて整理しておきましょう。「共産党の統治論理が投資家にもたらすリスク」――ここでは便宜上「共産党リスク」と呼んでおきますが、これが具体的にどんな形で表れうるのかを、私なりに三つに分けて並べてみます。怖がらせたいのではありません。性格を知れば、付き合い方を決められる。そのための整理です。
リスクその1:規制リスク——ルールが突然変わる
もっとも頻度が高く、現実に何度も起きてきたのが「規制リスク」です。前章で見たとおり、それまで自由に成長できていた業界に、ある日突然、強い規制がかかる。広告の出し方、データの扱い、業界そのものの営利性、海外への上場のあり方――こうしたルールが、統治の論理に沿って書き換えられることがあります。
企業側に落ち度がなくても、「社会の安定にとって望ましくない」と判断されれば、追い風は止まる。投資家にとっては、会社の努力では避けようのない、いわば「天気が急変する」タイプのリスクです。これが、共産党リスクの中で最も身近なものだと、私は考えています。
リスクその2:接収・統制リスク——財産への関与
二つ目は、より重い「接収・統制リスク」です。これは、国家が企業の経営や資産に強く関与したり、場合によっては事実上、財産権が制限されたりするリスクを指します。法治がしっかり根づき、「誰が権力を握っていても、私有財産は守られる」という安心が確立している国と比べ、統治者の意向が制度より優先されうる土台では、このリスクの性格が変わってきます。
誤解のないように言えば、これは「明日にも財産がすべて奪われる」といった極端な話ではありません。私が言いたいのは、「私有財産が、いついかなる時も、統治者の意向から完全に独立して守られる」という前提を、無条件には置けない、ということです。第5話で触れた「人治か法治か」という視点が、ここで効いてきます。外国人投資家として、自分の権利がどこまで守られるのか――その確実性が、慣れ親しんだ国とは性格が異なる、という認識は持っておくべきだと思います。
リスクその3:上場廃止・市場アクセスのリスク
三つ目は、私たちが実際に株を「持つ・売る」場面に直結する「上場廃止・市場アクセスのリスク」です。中国企業の株を、外国の市場を通じて間接的に保有する仕組みは、しばしば複雑な構造を取っています。その構造そのものが、政治的な事情――自国の規制であれ、投資先・投資元の国家間の関係であれ――によって揺らぐと、最悪の場合、その株が取引できなくなったり、上場が取り消されたりする可能性が、ゼロとは言い切れません。
つまり、「会社は存在し、利益も出しているのに、自分がその株を市場で売り買いする経路そのものが断たれる」という、独特のリスクです。これは企業分析とはまったく別の次元の話で、まさに「統治の論理」と「国家間の関係」が、私たちの財布の出口に影を落とす場面だと言えます。
この三つ――規制・接収統制・上場廃止――を並べてみると、共通しているのは、どれも「企業の良し悪し」ではなく「統治者の論理」から生まれるという点です。だからこそ、決算書をいくら読んでも防ぎきれない。性質が違うのだから、向き合い方も変えなければならない、ということになります。
政治目標が企業収益より優先される市場との付き合い方
ここまでで、「中国という土台では、統治の論理が、ときに企業の収益よりも優先される」ということを、できるだけ冷静に見てきました。では、そういう市場と、私たち個人投資家は、どう付き合えばよいのか。ここが今回の着地点です。私の結論は、これまでのシリーズと、やはりぴたりと重なります。
まず「読み切ろうとしない」と腹をくくる
最初に、私が自分に課しているのは、「統治者の意図を、ピタリと読み切ろうとしない」という、ある種のあきらめです。いつ、どの業界に、どんな規制がかかるか。共同富裕の次に、どんなスローガンが来るか。これを正確に予測できる個人投資家は、まずいないと私は思っています。20年やってきた私自身、できる気がしません。
「読み切れない」と認めることは、敗北ではありません。むしろ、ここからが本当の戦略の始まりです。なぜなら、「読み切れない前提でも、致命傷を負わずに、世界の成長には乗り続けられる」やり方を組み立てればよい、と発想が切り替わるからです。これは、第5話で書いた「言い当てられない前提で、それでも世界の成長に薄く乗り続ける」という話と、まったく同じ精神です。
個別株・単体ETFを避け、世界というカゴ越しに持つ
具体的に、私自身がどうしているかを、はっきり書いておきます。私は、中国の個別企業の株を名指しで単独で買うことも、「中国だけ」に集中して投資する単体のETF(上場投資信託)を、わざわざ自分で選んで買うことも、基本的にしません。理由は、ここまで述べてきた「共産党リスク」に尽きます。どんなに優秀な企業でも、土台である統治の論理が「ある日ルールを書き換える」性格を持つ以上、会社の分析だけでは測りきれない揺れを、まるごと抱え込むことになるからです。
その代わりに私が選ぶのは、第4話・第5話でも繰り返してきた「全世界株式(オルカン=オール・カントリー)」を通じて、世界全体に薄く広く分散する道です。全世界の株式にまとめて投資すれば、制度の安定した先進国を厚めに含みつつ、中国を含む新興国も、その経済規模に応じた比率で自動的に、ごく一部だけ組み込まれます。中国の比率は時々で変わりますが、肌感覚で言えば全体のおおむね3%前後にとどまることが多い水準です。
「約3%」という距離が、ちょうどいい理由
この「約3%」という量が、私にはちょうどいいのです。中国の成長や強みの果実は、ちゃんと少しだけ受け取れる。けれど、もし共産党リスク――規制であれ、上場廃止であれ――が現実になって中国株が大きく揺れても、ポートフォリオ全体に対する打撃は、その数パーセントの範囲にとどまります。「当たれば嬉しい、外れても致命傷にならない」という距離感を、自分で銘柄を選ぶ勇気も、統治者の意図を読み切る知識も使わずに、世界全体を持つだけで自動的に手に入れられる。
直接握りしめれば心臓に悪い資産も、世界という大きなカゴの一片として持てば、その揺れは全体の中で和らぎます。統治の論理が企業収益より優先されうる市場とは、こうして「カゴ越しに、薄く」付き合う。これが、共産党リスクを資産配分に織り込む、私なりの最も現実的な答えです。
揺れる土台の上では、なおさら「時間」と「複利」を味方に
最後に、いつものスタンスを添えておきます。統治の論理に由来する「いつ来るか読めない揺れ」を抱えた資産ほど、短期で売り買いすると振り回されて疲弊します。世界全体に薄く分散したうえで、長く持ち続ける。すると、短期の上下は時間の中で均(なら)され、利益が利益を生む「複利」の力が、ゆっくりと味方になってくれます。複利という強い力を、借り手として敵に回さず、株主(投資家)として味方につける。これは、このシリーズで私が一貫してお伝えしてきたことです。
借金についても、根は同じ考え方です。「この国は成長し続ける」「ルールは自分に都合よく続く」といった前提に乗っかった背伸びの借り入れは、前提が崩れた瞬間に牙をむきます。借りた力でその借入コストを確実に上回れる見込みがあるなら融資を否定はしませんが、読み切れない土台の上での無防備な前提だけは、私は避けたいのです。
我が家の子どもに伝えていること
4人の子を持つ親として、私が子どもに繰り返し伝えているのは、やはりシンプルなことです。「国を治めている人たちが、何を目指して、何を恐れているのかは、ちゃんと知っておきなさい。でも、その意図を言い当てて一国に賭ける必要はない。読み切れない国も、強い国も、まるごと世界の一部として薄く持っておけばいい。そして、揺れても慌てず、長く続けること」。妻を病気で亡くし、私は一人で4人を育てています。だからこそ、「統治者の意図を読み切って当てる」スリルよりも、「読み切れなくても致命傷にならず、続けられるやり方」を子どもに残したいのです。共産党は何を目指しているのか――この問いも、突き詰めれば「理解したうえで、分散して、続ける」という一点に戻ってきます。
まとめ——「統治の論理」を理解して、距離を測る
今回は、「共産党は何を目指しているのか」という問いを、政治の善悪ではなく、お金の側から分解してきました。最後に要点を振り返ります。
- 統治目標は時代ごとに変わってきた。建国期の「統一・独立」、改革開放期の「成長による豊かさ」、そして現代の「成長で生じたひずみを手当てし、安定させる」へ。固定された一枚岩ではない。
- 核心にあるのは「成長による正統性」と「暗黙の契約」。選挙で選ばれない統治者は「暮らしを良くし続けること」で統治の正当性を支え、その代わり安定を委ねてもらう。この契約が政策の「なぜ」を解く鍵になる。
- 共同富裕と民間規制は、経済合理性ではなく統治の論理で読む。好調な企業が揺さぶられたのは、「社会の安定」や「統治への信頼」が企業収益より優先される場面があるから。驚かないための視点を持つことが大切。
- 共産党リスクは具体的に三つ。ルールが突然変わる「規制リスク」、財産権に関わる「接収・統制リスク」、株の出口が断たれうる「上場廃止・市場アクセスのリスク」。いずれも企業の良し悪しではなく統治の論理から生まれる。
- 付き合い方は「読み切らず、カゴ越しに薄く持つ」。個別株・中国単体ETFは避け、全世界分散(オルカン)の一部として中国を約3%程度、薄く持つ。当てにいかず、まるごと薄く受け止め、時間と複利を味方にする。
共産党は何を目指しているのか。今回たどり着いた私なりの答えは、「それは善でも悪でもなく、『成長による正統性』と『暗黙の契約』を土台にした独特の統治の論理であり、その論理は、ときに企業収益より社会の安定を優先する。だからこそ、その意図を読み切ろうとせず、リスクとして冷静に測り、分散で受け止めるべきものだ」というものです。称えるのでも、断罪するのでもなく、統治の論理として理解する。そして、当てにいくのではなく、まるごと薄く受け止める。これが、なじみの薄い統治のかたちを持つ国と上手に付き合う、私なりの距離の取り方です。
繰り返しになりますが、本記事は一個人の見解であり、特定の投資成果を保証するものではありません。最終的な判断は、ご自身でよく考えて行ってくださいね。
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さて、ここまでで「共産党という統治者が何を目指しているのか」という、いわば中国という土台の「意思」の部分を読み解いてきました。けれど、もう一つ、投資家を悩ませる大きな問題が残っています。それは、「そもそも、この国から出てくる情報は、どこまで信じられるのか」という問いです。統治の論理がわかっても、その実態を映す数字や報道が見えにくければ、私たちは何を頼りに判断すればよいのでしょう。次回、一緒に踏み込んでいきましょう。
▶ 第7話:情報が見えない市場とどう向き合うか へ続く


