なぜ犠牲者の多い国になったのか|人口という最大の資産・ロシアから学ぶ資産形成シリーズ第7話

投資・資産運用

4児のシングルファーザーとして子育てをしながら、20年大家・20年個人事業主・20年投資家として歩んできた私が、「国家から学ぶ資産形成シリーズ」のロシア編をお届けしています。今回は第7話です。第6話「規模と距離という、生き延びるための縦深」をまだお読みでない方は、第6話と、ロシア編の全体像をまとめたロシアから学ぶ資産形成シリーズ・ハブから目を通していただくと、今回の話がより立体的に伝わるかと思います。

あらかじめお断りしておきますが、本シリーズは特定の国家・政治体制・人物を称賛したり非難したりする意図はまったくありません。今回は、この国が歴史上、たびたび大きな人口の損失を経験してきたという重い事実を題材にします。しかし、それは決して「犠牲の数」を悲劇の物語として消費するためではありませんし、ましてや、ある時代の政策や指導者を断罪するためでもありません。失われた一人ひとりに、かけがえのない人生があったことを、私は片時も忘れないつもりです。そのうえで本稿は、「大きな人口の損失が、その後の経済構造にどんな長い影を落とすのか」を、感情ではなく構造として冷静に観察し、私たち投資家・生活者がそこから何を学べるかを考える教材として書いています。記載はあくまで私個人の見解であり、最終的な投資判断はご自身の責任で行っていただくことが大前提です。

戦争・革命・飢饉——繰り返された人口の大きな損失

第6話では、広大な国土と多くの人々が、攻め込んできた相手を奥へ奥へと吸収して消耗させる「縦深の防御」として働いた、という光の側面を見ました。しかし、その「生き延びてきた歴史」には、目を背けてはならない影があります。この国は、その長い歴史のなかで、戦争・革命・社会の混乱・飢饉といった出来事を通じて、たびたび大きな人口の損失を経験してきたという事実です。今回は、まずこの重い前提を、静かに見つめるところから始めたいと思います。

二十世紀前半だけを振り返っても、この地域は、大規模な戦争に二度も巻き込まれ、その合間には社会体制の大きな転換と、それに伴う混乱の時期がありました。さらに、ある時期には深刻な食糧不足が広い範囲を襲ったとも伝えられています。それぞれの出来事の細かな経緯や数字については、研究者の間でも見解が分かれる部分があり、私はここで特定の数値を断定するつもりはありません。ただ、立場や解釈を超えて言えるのは、短い数十年のあいだに、これほど大規模な人口の損失が、波のように繰り返し押し寄せた地域は、世界の歴史を見渡してもそう多くないということです。

ここで私が大切にしたいのは、これらの損失を「ひとかたまりの悲劇」として漠然と眺めるのではなく、その背後にある構造を、一段ずつ分けて見ることです。戦争による損失は、多くが働き盛りの世代に集中します。社会の混乱は、人々の移動や生活基盤を根こそぎ揺さぶります。飢饉は、地域ごとに、世代を問わず生活そのものを直撃します。同じ「人口の損失」でも、どの世代が、どんな形で失われたかによって、その後に残る影の形はまったく変わってくるのです。この「どう失われたか」という構造の違いこそが、今回の話の通奏低音になります。

もう一つ、ここで踏み込んでおきたいことがあります。第6話で見た「縦深の防御」と、今回見る「大きな人口の損失」は、決して無関係ではない、という点です。広大な国土の奥で攻める相手を吸収して生き延びるという防御の型は、見方を変えれば、その吸収の過程で、自国の国土が戦場になり、自国の人々が払う代償を前提にした生き延び方でもありました。前章で「縦深の防御には、国土が戦場になる痛みを伴う」と一行だけ触れた、その痛みを、今回は正面から見つめることになります。生き延びることと、その過程で払われた代償。この重い両面が、今回のテーマです。

人口は国力の土台——労働・消費・税・防衛のすべての源泉

では、なぜ「人口の損失」が、これほどまでに国の経済に長く深い影を落とすのでしょうか。それを理解するために、いったん感情から距離を置いて、「人口とは、経済にとって何なのか」という根本を、構造として整理してみたいと思います。私は、人口こそが、あらゆる国力の最も土台にある資産だと考えています。お金や資源や技術は、その上に乗っているものにすぎません。

第一に、人は労働の源泉です。どれほど豊かな資源があっても、どれほど優れた技術があっても、それを掘り出し、加工し、運び、形にするのは、結局のところ人の手と頭です。働く人がいなければ、土地も資源も、ただ眠っているだけの可能性にとどまります。労働人口こそが、潜在的な富を現実の富へと変える、最初のエンジンなのです。

第二に、人は消費の源泉です。人が生きていれば、食べ、着て、住み、学び、楽しみます。その一つひとつが需要となり、誰かの仕事を生み、経済を回します。人口は、生産する側であると同時に、それを買い支える市場そのものでもあります。人がいる、ということは、それ自体が一つの巨大な市場が存在するということです。第1話で見た広大な国土も、そこに人が暮らし、消費し、行き来してこそ、はじめて経済的な意味を持ちます。

第三に、人はの源泉です。国家を運営するための財源は、つきつめれば、人々が働き、消費し、富を生み出すところから生まれます。働き、稼ぐ人が多ければ、それだけ国は道路や学校や医療といった共通の基盤を整える余力を持ちます。逆に、その担い手が細れば、同じ仕組みを維持することすら難しくなっていきます。人口は、社会を支える共通基盤を、静かに下から支える財布でもあるのです。

第四に、人は防衛をはじめとする、社会の安全を担う源泉でもあります。第6話で見た「人口と国土の厚み」という三つ目の盾を思い出してください。あれもまた、そこに多くの人が暮らしているからこそ成り立つ防御でした。労働・消費・税・防衛——国家を支えるこれら四つの柱は、すべて「人がいる」という一点の上に乗っている。だからこそ、人口の大きな損失は、単に人数が減るという以上に、これら四つの柱を同時に、しかも根元から細らせる出来事になるのです。

私はこの「人口こそが国力の土台」という見方を、国だけでなく、家庭にも、事業にも、そして資産にも、そのまま当てはめてきました。4児の親として家庭を支え、20年にわたって事業を営み、人を雇い、お客様という人々に支えられてきた経験から、私は痛いほど実感しています。結局、すべての価値の源泉は、最後には「人」に行き着く。土地も、お金も、それを動かす人がいて、それを必要とする人がいて、はじめて価値になる。人口というテーマは、遠い国の歴史の話のようでいて、実は、価値というものの最も根本を私たちに突きつけてくるのです。

失われた人口が経済に残す長期の影

人口が国力の土台だとすれば、その大きな損失は、経済にどのような影を残すのでしょうか。ここで強調しておきたいのは、人口の損失がもたらす影響は、その瞬間に終わるものではなく、何十年もかけて、世代をまたいで波紋のように広がっていくという点です。これは、投資家として「長期トレンド」を考えるうえで、決定的に重要な視点です。

まず、戦争などで特定の世代が大きく失われると、その世代が本来生み出すはずだった労働も、消費も、税も、ごっそりと欠けることになります。働き盛りの世代が薄くなれば、その時期の生産力が落ちるのは当然です。しかし、影はそこで止まりません。失われた世代は、本来であれば次の世代を育てるはずでした。その人々がいなくなれば、次に生まれてくる世代の数もまた減ります。一度大きく欠けた人口は、放っておけば自然に元に戻るわけではなく、その「欠け」が、何十年もあとの人口構成のなかに、空白の帯となって残り続けるのです。

これを、人口を年齢ごとに積み上げた図、いわゆる人口ピラミッドで想像してみてください。ある時期に大きな損失があると、その世代のところだけ、ピラミッドが大きくえぐれます。そして時間が経つにつれて、そのえぐれは、図の上のほうへ、上のほうへと、ゆっくり移動していきます。過去の損失の傷跡が、何十年ものあいだ、人口構成のなかを移動し続ける。これが、人口の損失が「長期の影」と呼ばれるゆえんです。傷はすぐには癒えず、むしろ世代を超えて形を変えながら、社会のあちこちに影響を及ぼし続けます。

その影は、具体的にはさまざまな形で現れます。働き手が薄い世代が社会の中心になる時期には、生産や成長の勢いが鈍りがちになります。やがてその世代が高齢になれば、それを支える次の世代もまた薄いため、社会全体で支え合う仕組みに負担がかかります。消費の規模も、人口の波に合わせて伸び縮みします。過去の一度の大きな損失が、数十年後の労働、消費、社会保障、成長の勢いにまで、静かに尾を引いていく。経済の表面に現れる数字の奥には、しばしば、こうした人口という土台の長い物語が横たわっているのです。

ここで、私が投資家として最も注目するのは、この影が「あらかじめ、かなりの精度で読める」という点です。今年生まれた子どもが二十年後に働き盛りになることも、今の働き盛りの世代が数十年後に高齢になることも、人口というのは、基本的に予測を裏切りにくい、極めて緩やかで連続的な変化だからです。次の章では、まさにこの「読みやすさ」を、資産形成の武器としてどう活かすかを考えていきます。

投資家への教訓——「人口動態」は最も読みやすい長期トレンド

ここから、20年の投資経験を踏まえた教訓に入ります。失われた人口が、世代をまたいで何十年も影を残すという構造から、私が引き出したい最大の示唆は、「人口動態は、数ある長期トレンドのなかでも、群を抜いて読みやすいトレンドである」ということです。そして、読みやすいトレンドこそ、長期投資にとって最も心強い味方になります。

投資の世界には、本質的に読めないものが数多くあります。来月の株価も、来年の景気も、次の流行も、技術の突然の飛躍も、予測しようとすればするほど、私たちはしばしば外します。20年市場にいて、私が骨身にしみて学んだのは、短期の動きを当てにいくのは、ほとんど割に合わないということでした。しかし、そのなかで、人口動態だけは、性質がまるで違います。今この瞬間に生きている人の数と年齢は、すでに事実として存在しています。出生率や寿命が急に何倍にも跳ね上がることはありません。だからこそ、十年後、二十年後に、どの国で働き手が増え、どの国で高齢化が進むのかは、占いではなく、ある程度の確かさをもって見通せるのです。

これは、長期投資にとって、途方もなく大きな意味を持ちます。なぜなら、人口が増え、働き盛りの世代が分厚く、消費する人々が増えていく地域は、他の条件が大きく崩れない限り、長い目で見て、経済が拡大しやすい土壌を持っているからです。前章で見たとおり、人口は労働・消費・税・防衛という四つの柱の土台でした。その土台が太っていく地域は、成長する市場を内側に抱えているということになります。逆に、過去の損失や少子化で人口の土台が細っていく地域は、よほどの生産性の向上がない限り、成長の勢いを保つのが構造的に難しくなります。

では、この「読みやすさ」を、具体的にどう資産形成に活かすのか。私の答えは、特定の一国に賭けることではありません。世界全体を見渡し、これから人口の土台が太っていく地域、成長する市場が広がっていく地域に、幅広く分散して投資すること。これが、人口動態という最も読みやすいトレンドを、最も無理なく味方につける方法だと、私は考えています。どの国が一番伸びるかを当てにいくのではなく、人口が増え、市場が広がっていく世界全体の流れに、静かに乗り続ける。第4話で見た「単一の通路に頼らない分散」の発想を、ここでは「単一の国の人口動態に賭けない分散」として応用するわけです。

そして、ここでこそ、私が大切にしている複利が、静かに、しかし力強く効いてきます。人口が増え、市場が広がっていく地域では、その成長が、長い時間をかけて企業の価値や経済全体の規模に積み重なっていきます。読みやすい長期トレンドに沿って分散投資を続け、得られた果実を再び投資に回していけば、人口という何十年も続く緩やかな追い風を、複利の坂道として味方につけることができます。当たるかどうか分からない短期の山を狙うのではなく、かなりの確かさで見通せる長期の地形のうえに、複利の坂道を築く。私が人口動態というテーマを、投資においてこれほど重視する理由が、まさにここにあります。

もちろん、ここでも過信は禁物です。人口動態が読みやすいといっても、それが経済成長や株価を保証するわけではありません。人口が増えても、政策や制度や技術の活かし方しだいで、その人々が十分に活躍できなければ、土台は太っても果実は実りません。逆に、人口が細っていく地域でも、生産性を高め、一人ひとりの価値を引き上げることで、勢いを保つ道はあります。人口動態は、あくまで「土壌の質」を読む手がかりであって、そこに何が育つかまでを決めるものではない。これはあくまで一個人の見解ですが、私は人口というトレンドを「確実な予言」ではなく「確度の高い前提条件」として、過信せずに扱うようにしています。

日本との比較——戦災型の損失と少子高齢化型の縮小の違い

ここで視点を、私たちが暮らす日本に向けてみたいと思います。ここでも特定の国の優劣を論じる意図はなく、あくまで「人口が細っていく原因とその型の違い」を観察するための比較です。

今回見てきた地域が経験したのは、戦争や社会の混乱、飢饉といった、ある時期に集中して襲ってくる「戦災型の損失」でした。これは、特定の世代が、短い期間に、突発的に大きく失われるという形をとります。人口ピラミッドには、深く鋭いえぐれが刻まれます。痛みは激しく、その傷跡は世代をまたいで長く残りますが、損失そのものは、ある時期に集中しているという特徴があります。

一方、日本がいま直面しているのは、性質のまったく異なる「少子高齢化型の縮小」です。これは、戦争のような突発的な損失ではなく、生まれてくる子どもの数が長年にわたって少しずつ減り、同時に寿命が延びていくという、ゆっくりとした、しかし着実な変化です。人口ピラミッドには、鋭いえぐれではなく、下のほうが細く、上のほうが膨らんでいく、逆三角形に近い形が、何十年もかけて静かに形づくられていきます。戦災型が「鋭い傷」だとすれば、少子高齢化型は「ゆるやかな痩せ」だと言えるかもしれません。

この二つの型は、原因も、現れ方も、まったく違います。しかし、長い目で見たとき、どちらも「人口という土台が細っていく」という一点では共通しているのが、私にはとても示唆的に思えます。突発的な悲劇によるものであれ、緩やかな少子化によるものであれ、土台が細れば、労働・消費・税・防衛という四つの柱は、いずれも下から支えを失っていきます。原因の劇的さに目を奪われていると、私たちはつい、ゆるやかな痩せのほうを「危機ではない」と過小評価してしまいがちです。しかし、静かに進む縮小は、激しい損失と同じか、それ以上に、気づかぬうちに土台を細らせていくこともある。これは、当事者として、私自身が深く心に留めている点です。

この比較から投資家として引き出したいのは、決して「だから日本に未来はない」といった悲観論ではありません。むしろ逆です。自分が暮らし、稼ぎ、資産の多くを置いている場所が、人口という土台においてどんな型の局面にあるのかを、冷静に自覚すること。それが出発点です。土台が緩やかに痩せていく地域に、自分の労働も、住まいも、資産も、すべてを集中させていれば、それは知らず知らずのうちに、一つの細っていく土台に一点集中していることになります。前章までで繰り返してきた「一点依存のリスク」が、ここでは「人口という土台への一点依存」という形で立ち上がってくるのです。

だからこそ、私は、自分の生活基盤が一つの人口動態のなかにあるからこそ、資産のほうは、世界全体の人口の流れに分散して置いておくことを意識してきました。自分が根を張る土地の土台が緩やかに痩せていくのであれば、せめて資産の根は、世界中の太っていく土台にも、幅広く下ろしておく。生活の土台と資産の土台を、あえて別々の人口動態のうえに置く。これは、どこかを見限ることではなく、どこか一つの土台に運命を縛りつけないための、静かな分散です。あくまで一個人の見解ですが、私はこの「土台の分散」を、人口というテーマから学んだ、最も実践的な教訓の一つだと考えています。

まとめ——人口という、最も静かで確かな長期の地形

第7話では、この国が歴史上たびたび経験してきた大きな人口の損失という重い事実を題材に、「人口こそが国力の土台である」という構造を見つめ、そこから資産形成の教訓を引き出してきました。要点を振り返っておきましょう。

  • この国は、戦争・革命・社会の混乱・飢饉などを通じて、短い数十年のあいだに大きな人口の損失を繰り返し経験してきた。同じ損失でも、どの世代がどう失われたかで、後に残る影の形は変わる。犠牲を悲劇の数として消費せず、構造として見つめる。
  • 人口は、労働・消費・税・防衛という国家の四つの柱すべての土台。だから人口の損失は、人数が減る以上に、四つの柱を根元から同時に細らせる。
  • 失われた人口の影は、その瞬間で終わらず、人口構成のなかを空白の帯となって何十年も移動し続ける。一度の損失が、数十年後の成長や社会保障にまで尾を引く。
  • その人口動態は、数ある長期トレンドのなかで群を抜いて読みやすい。今いる人の数と年齢は事実として存在し、急変しない。読みやすいトレンドこそ、長期投資の心強い味方になる。
  • 活かし方は、一国に賭けず、人口の土台が太り市場が広がっていく世界全体に分散投資すること。読みやすい長期の地形のうえに、複利の坂道を築く。ただし人口動態は「確実な予言」ではなく「確度の高い前提条件」として過信せず扱う。
  • 戦災型の「鋭い傷」と少子高齢化型の「ゆるやかな痩せ」は型が違うが、土台が細るという一点では共通する。自分の生活基盤がどの型の局面にあるかを自覚し、資産は世界全体の人口の流れに分散しておく。

大きな人口の損失という、重く、痛みを伴う歴史。それを正面から見つめると、私たちは、人口というものが、あらゆる富と力の最も根本にある土台なのだという、当たり前でいて見落としがちな事実に立ち返らされます。第6話で見た「規模と距離が逆境を生き延びる縦深になる」という光の側面には、その縦深を支えた人々が払った代償という、重い影が確かにありました。生き延びることと、その過程で払われた犠牲。その両面を見つめたうえで、私たち投資家・生活者が学べるのは、人口という、最も静かで、最も確かに読める長期の地形のうえに、複利の坂道を築くという姿勢ではないでしょうか。短期の山を当てにいくのではなく、数十年先まで見通せる地形に沿って、成長する人口・広がる市場へ幅広く根を下ろしておく。あくまで一個人の見解ではありますが、失われた人々の重みを忘れずに胸に刻みながら、その教訓を未来の備えへと静かに変えていくこと――それが、歴史から資産形成を学ぶということの、一つの誠実な形なのだと、私は信じています。


次回・第8話の予告: 次回は、革命と理想を主役に、話を進めていきます。今回見たような大きな人口の損失や社会の混乱の背景には、しばしば「世の中をこう変えたい」という理想の力が渦巻いていました。理想は、人々を動かす巨大なエネルギーであると同時に、その実現の過程で、思いもよらぬ代償を生むこともあります。理想という旗のもとに、人と富がどう動き、どんな構造が生まれたのか。それを、特定の思想を称賛も非難もせず、あくまで「理想と現実のあいだに何が起きるか」という構造として見つめながら、資産形成の視点で考えていく回です。第8話:革命と理想 へ続く。どうぞお楽しみに。


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