ソ連崩壊はなぜ起きたのか|非効率は長くは続かない・ロシアから学ぶ資産形成シリーズ第10話

投資・資産運用

4児のシングルファーザーとして子育てをしながら、20年大家・20年個人事業主・20年投資家として歩んできた私が、「国家から学ぶ資産形成シリーズ」のロシア編をお届けしています。今回は第10話です。第9話「急成長と急変動は、同じコインの裏表――強力なリーダーシップの両面」をまだお読みでない方は、第9話と、ロシア編の全体像をまとめたロシアから学ぶ資産形成シリーズ・ハブに先に目を通していただくと、今回の話がいっそう立体的に伝わるかと思います。

はじめにお断りしておきます。本シリーズは、特定の国家・政治体制・思想・人物を称賛したり非難したりする意図はまったくありません。今回の主題は「ソ連崩壊はなぜ起きたのか」です。歴史を眺めると、長く堅牢に見えた巨大な体制が、ある時、比較的短い時間で大きく姿を変える、という出来事がたびたび登場します。けれど本稿は、その変化を「正義の勝利だったか、悲劇だったか」という善悪の二択で判定するためのものではありません。私が見つめたいのは、もっと静かで普遍的な構造――競争と効率を欠いた仕組みは、たとえ短期では立派に見えても、時間をかけて、必ずどこかでその「非効率」のツケを払うことになるという、経済システムの力学そのものです。これは遠い国の歴史であると同時に、私たちが日々向き合う事業や投資の現場にも、そっくりそのまま当てはまる話だと、私は考えています。なお、記載はあくまで私個人の見解であり、最終的な判断はご自身の責任で行っていただくことが大前提です。

改革の試みと財政の悪化——なぜ立て直せなかったのか

第9話までで見てきたように、強い中心が資源を一点に集めて動かす仕組みは、好調なうちは目覚ましい速さと成果を生みます。けれど、その裏側には「中心が誤ると全体が一斉に誤る」「現場の本当の声が中心に届きにくい」という、見えにくい脆さが静かに溜まっていく――ここまでが前話の話でした。今回見ていくのは、その溜まった脆さが、ついに表面化していく局面です。

歴史を眺めると、巨大な体制も、ある時期から「思うように成果が伸びなくなる」段階に入ることがあります。かつては目を見張る速さで成長していた仕組みが、いつのまにか足踏みを始める。そして、その停滞を打開しようと、内部からさまざまな「立て直し」の試みが始まる。経済の仕組みに風通しを入れようとしたり、情報をもっと開こうとしたり、現場に少しずつ自由を与えようとしたり――こうした改革の試みそのものは、決して的外れなものではありませんでした。むしろ「このままではいけない」という、率直で誠実な危機感から出発していたのだと、私は受け止めています。

ところが、改革は思うように実を結びませんでした。なぜでしょうか。ここが今回のいちばん大切な観察点です。長い時間をかけて一点集中の上に組み上げられた仕組みは、その仕組みのあちこちが、互いに深く絡み合って依存し合っているからです。一か所だけを少し直そうとしても、その一か所が別の十か所とつながっているために、思わぬところに歪みが出る。部分的な手直しが、全体の整合性をかえって崩してしまう。家にたとえるなら、長年かけて一本の太い柱だけで支えるように建てた建物を、住みながら少しずつ別の構造に作り替えようとするようなものです。途中の、最も不安定な段階で、建物全体が大きく揺らいでしまう。

そこへ、財政の悪化が重なります。体制を維持し、巨大な仕組みを回し続けるためには、莫大な費用がかかります。一方で、肝心の経済そのものが伸び悩んでいるため、その費用を生み出す力は細っていく。出ていくものは大きいまま、入ってくるものが先細る――この構図に入ると、財政は静かに、しかし確実に痛んでいきます。さらに、当時はエネルギー資源の国際価格の変動など、外部の事情にも大きく影響を受けやすい状態でした。外からの収入の柱が細ったとき、それを補う別の柱が育っていなければ、全体の屋台骨が一気に揺らいでしまう。

私は、この「改革しようとしたのに立て直せなかった」という局面を、特定の指導者の力量不足として片づけたくはありません。むしろここで見えるのは、もっと構造的な真実です。非効率が深く組み込まれた巨大な仕組みは、いざ立て直そうとした時には、もう簡単には組み替えられないほど硬直しているということ。問題が小さいうちは、手をつける必要が感じられない。問題が大きくなって誰の目にも明らかになった頃には、もう手をつけるには遅すぎる、あるいは手をつけること自体が新たな混乱を呼ぶ。この「気づいた時には、もう動かしにくい」という時間差こそが、今回の物語の核心にある、静かで恐ろしい仕組みなのです。

計画経済の限界——価格シグナルと競争が欠けるコスト

では、なぜその巨大な仕組みは、長い時間のなかで「非効率」を抱え込んでいったのでしょうか。ここからは、特定の体制への評価を離れ、「中心がすべてを計画して決める仕組み」が、経済システムとして構造的に何を欠くのか、という一般的な観察に入ります。これは、どの国・どの時代であっても当てはまる、経済の普遍的な力学の話です。

第一に欠けるのは、「価格というシグナル」です。市場では、何かが足りなくなると価格が上がり、余ると価格が下がります。この値段の上げ下げは、ただの数字ではありません。「いま、何が、どれだけ必要とされているか」を、社会全体に一斉に知らせてくれる、巨大な情報の伝達装置なのです。価格が上がれば「もっと作ろう」と多くの人が動き、価格が下がれば「作りすぎだ」と自然に手を引く。誰かが上から命令しなくても、無数の人々の判断が、価格を通じて自動的に調整されていく。中心がすべてを計画して数量を決める仕組みでは、この「価格が語る声」が働きません。だから、ある物は山のように余って倉庫で眠り、別の物はいつまでも足りずに人々が行列を作る、という、ちぐはぐが起こりやすくなります。

第二に欠けるのは、「競争という磨き上げの圧力」です。市場では、より良いもの、より安いものを作った者が選ばれ、そうでない者は淘汰されていきます。この厳しさが、いやおうなく、品質を高め、無駄を削り、工夫を促す。誰もが「選ばれなければ生き残れない」という圧力の下にいるからこそ、仕組み全体が絶えず磨かれ続けるのです。中心が「これを作りなさい」と割り当て、作れば必ず引き取られる仕組みでは、この競争の圧力が働きません。誰も淘汰されないということは、誰も必死で良くしようとしなくなる、ということでもあるのです。すると、品質はじわじわと頭打ちになり、新しい工夫が生まれにくくなり、無駄が削られないまま温存されていく。

そして、ここがいちばん大切なのですが――この「価格と競争を欠くコスト」は、短期ではほとんど見えません。号令一下で資源を集中投入すれば、目に見える成果は短期間で立ち上がります。第9話で見た急速な工業化が、まさにそうでした。けれど、価格シグナルがないために少しずつ溜まっていく「ちぐはぐ」と、競争がないために磨かれずに温存される「無駄」は、一年や二年では表面化しない。それらは、十年、二十年、三十年という長い時間をかけて、社会のあちこちに、薄く、広く、確実に積もっていきます。非効率は、毎日少しずつ積もる埃のようなものです。一日ぶんの埃は目に見えない。けれど、何十年も積もり続ければ、いつのまにか部屋全体を埋め尽くしてしまう。

私は、この「価格と競争が欠けるコスト」を、規模こそ違え、事業の現場でも何度も実感してきました。社内に競争のない、誰も評価されない部署を作ってしまうと、そこは驚くほど早く、改善の止まった「ぬるい場所」になります。逆に、お客様の選択という厳しいシグナルに直接さらされている部署は、放っておいても必死で工夫を続ける。磨かれ続けるかどうかを決めるのは、人の善意や能力ではなく、その人が「選ばれる圧力」と「正直なシグナル」の下にいるかどうかという、仕組みの設計なのだと、私は痛感しています。中心がすべてを決める巨大な仕組みが長い時間をかけて非効率を抱え込んだのは、誰かが怠けたからではなく、磨き続ける圧力とシグナルそのものが、構造から欠け落ちていたからなのです。

体制転換が個人資産に与えた衝撃——通貨・貯蓄・物価の激変

ここまでは、仕組みの側から見た話でした。けれど、私がこのシリーズでいちばんお伝えしたいのは、こうした体制の大きな転換が、そこに暮らす一人ひとりの「個人の資産」に、どれほど大きな衝撃を与えうるかという点です。ここは、資産形成を考える私たちにとって、最も切実な観察になります。

長く続いた仕組みが大きく姿を変える局面では、しばしば、通貨そのものの価値が激しく揺らぎます。中心が支えていた経済の枠組みがほどけ、物の値段が一気に動き出すと、それまで「決まっていた」はずの価格が、急速に上がっていくことがあります。物価が短い間に何倍にも、場合によってはそれをはるかに超える勢いで上がるような局面では、何が起きるか。同じ金額のお金で買えるものが、みるみる減っていくのです。昨日まで一定の暮らしを支えてくれた金額が、今日には、その一部しか賄えなくなる。

このとき、いちばん大きな打撃を受けるのは、誰でしょうか。こつこつとお金を貯めてきた、まじめな人たちです。長年かけて積み上げてきた貯蓄が、通貨価値の急落と物価の急騰によって、実質的な価値を大きく失ってしまう。額面上の金額は変わっていなくても、それで買えるものが激減すれば、その貯蓄は、実質的には大きく目減りしたのと同じことです。一生かけて蓄えてきた老後の備えが、自分には何の落ち度もないのに、社会の仕組みが変わったというただ一点によって、大きく削られてしまう――これは、想像するだけでも胸が痛む話です。

ここから、私たち個人にとっての、非常に重い教訓が浮かび上がります。「現金や、その国の通貨建ての貯蓄だけで資産を持つこと」は、一見もっとも安全に見えて、実は『その国とその通貨』に運命を一点集中させている状態でもある、ということです。第9話で見た「一点集中は振れ幅を増幅する」という構造を思い出してください。一つの国の通貨だけで資産を持つとは、その国の制度が安定している限りは安心ですが、その制度や通貨が大きく揺らいだとき、逃げ場がない、ということでもあるのです。

私は、このことを、特定の国の悲劇として語りたいのではありません。どの国の通貨も、どの国の制度も、「絶対に変わらない」という保証はない――この謙虚な前提を、資産設計の土台に置いておくべきだ、という普遍的な話として受け止めています。歴史は繰り返し、「盤石に見えた仕組みが、ある時、比較的短い時間で大きく姿を変える」という出来事を、私たちに見せてきました。盤石に見えるときほど、その「盤石」に全資産を預けきってしまわない用心が、長い目で見ると、自分と家族を守ることになるのだと、私は考えています。あくまで一個人の見解ではありますが、この章で見た「体制転換が個人資産に与えた衝撃」は、私の資産設計を、より「一点に預けきらない」方向へと、静かに導いてくれました。

投資家への教訓——「非効率・割高」は時間をかけて是正される

ここから、20年の投資経験を踏まえた教訓に入ります。今回の物語の核心は、競争と効率を欠いた仕組みは、短期では立派に見えても、長い時間をかけて、必ずどこかでその「非効率」のツケを払うという一点でした。実は、この構造は、投資の世界でも、まったく同じかたちで現れます。

投資の世界には、長い時間軸で見ると働き続ける、静かな力があります。それは、「非効率なもの・実力に見合わず割高になっているものは、時間をかけて、徐々に本来あるべき水準へと是正されていく」という力です。一時的には、中身が伴わないのに人気だけで値段が吊り上がることがあります。逆に、地道に価値を生み続けているのに、注目されず割安に放置されることもあります。けれど、長い時間のなかでは、こうした「実力と値段のズレ」は、ゆっくりと、しかし確実にならされていく傾向があります。中身のないものは、いつまでも高い評価を保ち続けることはできず、地力のあるものは、いずれその価値に見合った評価へと近づいていく。

これは、今回見た「非効率な仕組みが、長い時間をかけてツケを払う」という構造と、見事に重なります。競争と効率を欠いた経済が、短期では立派に見えても長期では立ち行かなくなったのと同じように、実力を欠いて割高になった投資対象も、短期では輝いて見えても、長期では本来の水準へと引き戻されていくのです。「非効率は長くは続かない」――この物語のサブタイトルそのものが、投資においても、深い真実を突いていると私は感じます。

そして、ここで強調しておきたいのが、この力の「裏返し」です。「非効率なものが長期では是正される」ということは、裏を返せば、『競争と効率に満ちた仕組みは、長期では着実に報われていく』ということでもあります。価格シグナルが正直に働き、競争による磨き上げの圧力が絶えず効いている――そういう仕組みは、短期では地味でも、長い時間をかけて、その効率の良さを着実に成果へと変えていく。これは、世界全体に幅広く分散した投資が持つ「地力」の、まさに源泉です。世界中の無数の企業が、競争のなかで磨かれ、価格という正直なシグナルに導かれて、絶えず効率を高めていく。その集積が、世界経済の着実な成長を支えている。幅広い分散投資が長期で報われやすいのは、それが「競争と効率という、長期で必ず働く力」の側に、まるごと乗っているからなのです。

逆に、一国・一銘柄・一テーマへの集中投資が危ういのは、それが「効率の側」に乗っているとは限らないからです。たまたま割高な人気に乗っているだけなら、その割高は、長い時間をかけて是正されていく。非効率な仕組みがツケを払ったのと同じように、です。私が、一点に賭けるよりも幅広い分散を土台に据えてきたのは、『長期では、非効率は淘汰され、効率が報われる』という、この時間の働きを、味方につけたいからです。短期の派手な値動きではなく、長期で必ず働く「効率への引力」に乗ること。それが、私が20年の投資のなかで、繰り返し確かめてきた、地味で確かな出発点です。あくまで一個人の見解であり、最終判断はご自身でお願いしますが、「非効率は長くは続かない」という今回の歴史の教訓は、私には、分散投資の意味を改めて照らし出してくれるものでした。

4児パパの視点——子どもに「ムダは見えなくても積もる」と教える

最後に、4児のシングルファーザーとしての視点から、この話を、もう少し身近な言葉に置き換えてみたいと思います。今回の物語から、私が子どもたちに伝えたいことは、たった一つです。それは、「ムダは、その日には見えなくても、毎日少しずつ積もっていく」ということ。そして、「だから、見えないうちに、こまめに点検して直しておく習慣が、いちばん効く」ということです。

子どもたちには、こんなふうに話します。「部屋の埃って、一日ぶんは目に見えないよね。今日サボっても、見た目は何も変わらない。だから、つい『今日くらいいいか』って思っちゃう。でもね、その『今日くらい』を何百日も続けると、ある日ふと気づいたとき、部屋全体が埃まみれになってる。埃って、見えないうちに積もって、気づいた時にはもう大変なことになってるんだ」。これは、まさに今回見た「非効率が長い時間をかけて積もる」という構造を、子どもにも分かる言葉に置き換えたものです。

勉強でも同じだ、と続けます。「毎日コツコツやってる子は、一日では差が見えない。サボってる子も、一日では困らない。でも、その小さな差が一年積もると、もう簡単には埋められないくらいの差になってる。逆に言うとね、毎日ちょっとずつ『ムダや苦手を点検して直す』のを続けてる子は、気づかないうちに、ものすごく強くなってるんだよ」。非効率が静かに積もるのと同じ力で、地道な努力もまた、静かに積もっていく。同じ「時間と複利」の力を、敵に回すか味方につけるか――それは、毎日の小さな点検を続けるかどうかにかかっている、と伝えたいのです。

そして、お金の話にも、そっと触れます。我が家では、子どもにお金の使い方を教えるとき、「見えないムダ」を一緒に探す時間を作っています。たとえば、なんとなく続けている小さな出費を、月にいくらになるか、一年でいくらになるかを、一緒に紙に書いてみる。すると、一回ぶんでは気にもしなかった小さな金額が、一年積もると驚くほど大きくなることに、子どもたちは目を丸くします。「ほら、ムダは一回じゃ見えないけど、積もるとこんなに大きくなる。だから、ときどき立ち止まって点検するのが大事なんだ」――この感覚を、小さいうちから肌で持っておいてほしい。それは、将来どんな仕組みのなかで生きることになっても、自分の足元を冷静に点検し、見えないうちにムダを直していける、しなやかな強さになると、私は信じています。

もっとも、私は子どもたちに、ムダを恐れて何もできない、神経質な人間になってほしいわけではありません。借金についても、「絶対にしてはいけない」と教えているわけではない。私自身は基本的には借金には慎重な立場ですが、借りたお金で、その借入のコストを上回るだけ確かに増やせる見通しがあるなら、それは前向きに使ってよい道具だとも考えています。大切なのは、善か悪かの極端ではなく、「見えにくいコストを、ちゃんと見える化して、冷静に天秤にかける」習慣そのものです。複利という時間の力も、味方につければ静かな追い風になり、敵に回せば静かな逆風になる。その正体を、見えないからと放っておかず、こまめに点検して向き合う――それが、今回の歴史の教訓を、我が家の日常に翻訳した、いちばん大切な結論です。あくまで一個人の子育ての見解ではありますが。

まとめ——非効率は、見えなくても積もり、いつか必ず是正される

第10話では、「ソ連崩壊はなぜ起きたのか」を題材に、競争と効率を欠いた仕組みが、短期では立派に見えても、長い時間をかけてその非効率のツケを払うという構造を、特定の体制を称賛も非難もせず、経済の力学として見つめてきました。要点を振り返っておきましょう。

  • 巨大な仕組みは、いざ立て直そうとした時にはもう硬直していて、部分的な改革が全体の整合性をかえって崩しやすい。気づいた時には、もう簡単には動かせない――この時間差が、停滞と財政悪化を立て直せなかった核心にある。
  • 中心がすべてを計画する仕組みは、「価格というシグナル」と「競争という磨き上げの圧力」を構造的に欠く。そのコストは短期では見えず、何十年もかけて埃のように静かに積もっていく。
  • 体制の大きな転換は、通貨価値の急落や物価の急騰を通じて、こつこつ貯めてきた個人の貯蓄を実質的に大きく削りうる。現金・自国通貨だけの貯蓄は、一見安全に見えて「その国と通貨に運命を一点集中」している状態でもある。
  • 投資でも同じ力が働く。非効率・割高なものは長期で本来の水準へ是正され、競争と効率に満ちた仕組みは長期で着実に報われる。幅広い分散投資が報われやすいのは、それが「効率への引力」という長期で必ず働く力の側に乗っているから。
  • 4児パパの視点では、子どもに「ムダは見えなくても毎日積もる。だからこまめに点検して直す習慣がいちばん効く」と伝える。同じ時間と複利の力を、敵に回すか味方につけるかは、日々の小さな点検にかかっている。

非効率は、その日には見えません。けれど、見えないからこそ、毎日少しずつ、確実に積もっていきます。そして、長い時間のなかで、それはいつか必ず是正される。競争と効率を欠いた構造が淘汰されていくという今回の教訓は、裏返せば、自由な競争と効率に満ちた仕組み――世界全体に分散したS&P500のような、無数の企業が磨き合う土台――が、長期で着実に地力を発揮していく、という希望の話でもあるのです。だからこそ私は、自分と家族の資産を、一つの国・一つの通貨・一つの制度に預けきってしまわないよう、通貨を分け、国を分け、世界全体の効率に幅広く乗ることを、何より大切にしてきました。制度は、盤石に見えても変わりうる。その変化に一度の急変動で退場させられないために、まず「一点に預けきらない設計」を土台に据えておく。あくまで一個人の見解ではありますが、歴史が見せてくれた「非効率は長くは続かない」という静かな真実は、私の資産設計を、より分散へ、より用心深い備えへと、確かに導いてくれました。


次回・第11話の予告: 次回は、政治リスクは株価を動かすを主役に、話を進めていきます。今回見た「制度や体制は、盤石に見えても大きく変わりうる」という事実は、投資の世界では「政治リスク」という形で、日々の株価を静かに、ときに激しく動かしています。その正体を、特定の政治的立場に与することなく、あくまで「制度の不確実性が資産の値動きにどう作用するか」という構造として見つめ、通貨・国・制度の分散がなぜ備えになるのかを、さらに深く考えていく回です。第11話:政治リスクは株価を動かす へ続く。どうぞお楽しみに。


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