このシリーズを書き始めたいちばん最初、私はある一つの数字から話を起こしました。「全世界株のインデックスを買っても、そこに含まれる中国の比率は、わずか三パーセントほどしかない」——そんなふうに切り出したのを、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。あれから十三話にわたって、私たちは中国という国の歴史や地理、産業構造、人口動態、そして読み切れない地政学のリスクまで、さまざまな角度から眺めてきました。そして今回、ようやく最初の数字に戻ってくるときが来ました。あれだけの大きさを持つ国が、なぜ世界株のなかでたった三パーセントなのか。その三パーセントとは、いったい何を意味する数字なのか。今回は、私たちが何気なく積み立てている「オルカン」、つまり全世界株のインデックスを題材に、その中身を数字で確かめていきます。
このシリーズも、いよいよ第14話です。前回の第13話では、「読めない地政学リスクは、当てに行くのではなく、分散で受ける」という結論にたどり着きました。台湾の火種を逆張りで張るのも、特定の地域を避けて持たないのも、どちらも一種の偏った賭けになりかねない、と。今回はその続きとして、では「分散で受ける」とき、私たちが実際に手にしているインデックスは、中国をどれだけ含んでいるのか——その実物を覗いてみます。シリーズ全体の流れは中国から学ぶ資産形成シリーズのハブページにまとめてありますので、はじめての方はそちらからどうぞ。
あらかじめお断りしておきます。私は金融商品の販売者でも、特定の運用会社の関係者でもありません。以下で「オルカン」という言葉を使いますが、これは特定の商品を推奨するためではなく、多くの方になじみのある「全世界株インデックス」の代名詞として用いるだけです。具体的な比率の数字は、その時々の市場の状況によって絶えず変わりますし、私が挙げる数字も「だいたいこのくらい」という概数にすぎません。中国というテーマについても、称賛も非難もせず、あくまで中立に、一人の投資家として「数字をどう読むか」という観点だけで向き合います。以下はすべて私個人の見解であり、特定の国や商品への投資を勧めるものではありません。お金や資産にかかわる判断は、最後はご自身の責任で、正確な数字はご自身で目論見書や運用報告書を確認したうえで、下してください。
MSCI ACWIの構造——先進国・新興国・中国の比率
まず、土台になる仕組みから整理します。私たちが「オルカン」と呼んでいる全世界株インデックスの多くは、MSCI ACWIという指数をもとに作られています。ACWIは「オール・カントリー・ワールド・インデックス」の略で、その名のとおり、世界中の国々の株式をまるごと一つの袋に詰めたような指数です。先進国も新興国も含み、数十か国、数千の銘柄をまとめて捉えています。私はこの指数を、世界経済を一望できる地図のようなものだと考えています。一枚の地図のなかに、世界中の企業が、それぞれの大きさに応じた面積で描かれている——そんなイメージです。
この地図のいちばん大きな区分けは、「先進国」と「新興国」の二つです。比率でいえば、おおまかに先進国がおよそ九割、新興国がおよそ一割、という構成になっています。つまり、全世界株を買うといっても、その中身の大半は先進国の企業であり、新興国は全体の一割ほどを占めるにすぎません。そして中国は、この「新興国のなかの一国」として、ACWIに組み込まれています。新興国全体が一割で、そのなかの一国が中国ですから、中国単独の比率がそれほど大きくならないのは、構造を見れば自然なことなのです。
ここで「あれ?」と思う方もいるでしょう。中国はあれほど巨大な経済規模を持つ国なのに、なぜ世界株のなかでは新興国の一国にすぎず、比率もこの程度に収まるのか、と。これは、このシリーズで繰り返し見てきたテーマと深くつながっています。国全体の経済規模が大きいことと、株式市場を通じて世界の投資家がアクセスできる「投資対象としての大きさ」とは、必ずしも一致しないのです。国内には巨大な経済活動があっても、そのうち世界の投資家が自由に売り買いできる上場株式として開かれている部分は、また別の話になります。指数が映し出すのは、あくまで後者——投資家が実際に手を伸ばせる市場の大きさのほうなのです。
もう少しかみ砕くと、指数というのは「世界中の投資家が、その時点で実際に売買できる株式を、買える分だけ束ねたもの」です。ですから、たとえ国の経済が大きくても、市場の開放度や、海外投資家がどれだけアクセスできるか、といった条件によって、指数のなかでの扱いは変わってきます。MSCIのような指数提供会社は、こうした「投資のしやすさ」を細かく評価して、各国・各銘柄をどれだけ組み入れるかを決めています。中国の場合、市場の一部は海外投資家に開かれていますが、すべてがそうではなく、指数への組み入れも段階的に進められてきた経緯があります。だから、経済規模の大きさがそのまま指数の比率に直結するわけではない——この点が、私が最初に押さえておきたい構造です。
家計のたとえで言うなら、これは「家の総資産」と「すぐ動かせるお金」の違いに似ています。我が家にも、自宅という大きな資産はありますが、それは日々の買い物に使えるお金ではありません。家計簿に毎月のせて動かせるのは、手元の現預金や、すぐ現金化できる資産です。国の経済規模が「家の総資産」だとすれば、指数に組み込まれる株式は「すぐ動かせるお金」のほう。総資産が大きいからといって、財布のなかが厚いとは限らない——国の経済と株式市場の関係も、これと同じ構図なのだと、私は理解しています。
オルカンの中国比率(約3%)を改めて分解する
では、いよいよ本題です。全世界株のインデックスにおける中国の比率は、おおむね三パーセント前後で推移してきました。もちろん、市場の動きによって日々上下しますし、二パーセント台になることも、四パーセント近くになることもあります。けれど、ざっくり「百円分の全世界株を買うと、そのうち三円ほどが中国の企業に向かう」という感覚で捉えておけば、大きくは外れません。このシリーズの最初に私が示した「三パーセント」という数字は、ここから来ていたわけです。
この三パーセントを、もう少し分解してみましょう。さきほど見たように、新興国全体が全世界株のなかでおよそ一割を占めます。その新興国というカテゴリーのなかで、中国はもっとも大きな存在の一つで、新興国部分のかなりの割合を中国が占めています。つまり、「新興国全体で一割、そのなかで中国がいちばん大きい、結果として全世界株のなかでは三パーセント前後」——こういう入れ子の構造になっているのです。新興国のなかでは主役級なのに、世界全体に引いて見ると三パーセント。この二重の見え方こそが、中国という存在の面白さだと、私は思っています。
ここで、二つの見方ができます。一つは「あれほどの大国なのに、たった三パーセントしかないのか」という見方。もう一つは「新興国の一国としては、三パーセントもの比重を占めているのか」という見方です。同じ数字でも、どこから眺めるかで、大きくも小さくも見える。私はこのどちらの見方も正しいと思っていて、だからこそ「三パーセント」という数字を、過大評価も過小評価もせずに受け止めることが大切だと考えています。多すぎると感じて避けようとするのも、少なすぎると感じて上乗せしようとするのも、どちらも数字を素直に受け取れていない状態なのではないか、と。
もう一点、見落としてはいけないことがあります。この三パーセントは、私が個人的に「中国に三パーセント賭けよう」と決めて配分したものではない、という点です。私は全世界株を買っただけで、その中身として、市場が「いまの中国の投資対象としての大きさは、世界全体のおよそ三パーセント分だ」と評価した結果が、自動的に反映されているにすぎません。つまり、この三パーセントは私の主観的な判断ではなく、世界中の投資家の売買が積み重なって決まった、市場全体の集合的な見積もりなのです。私はその見積もりを、そのまま受け取っているだけ。ここが、後でもう一度立ち返る、今回のいちばん大事な点になります。
家計に引きつけて言えば、これは「世界中の買い物客が決めた値札を、そのまま受け入れて買い物かごに入れている」ようなものです。私が独断で「この商品をかごの三パーセントにしよう」と決めているのではなく、市場という巨大な値付けの仕組みが「いまはこのくらいの比重が妥当だ」と示した配分を、まるごと受け取っている。四人分の食卓を預かる身として、私は一つひとつの食材の旬や相場を自分で当てる自信などありません。だからこそ、市場全体が出した値付けに乗る、という構えが、私には性に合っているのです。
TOPIX・日本株インデックスとの設計思想の違い
ここで、全世界株インデックスの「設計思想」を、もっと身近な指数と比べて確かめておきましょう。比較に持ち出すのは、日本株の代表的な指数であるTOPIXです。多くの方が、日本株のインデックスとして一度は耳にしたことがあると思います。このTOPIXと全世界株インデックスを並べてみると、その作りの考え方には、似ている部分と、決定的に違う部分が見えてきます。
まず、似ている部分から。TOPIXも全世界株インデックスも、基本的には「時価総額」を物差しにして、各銘柄をどれだけ組み入れるかを決めています。時価総額とは、ざっくり言えば「その会社の株式全体に、市場がいまつけている値段の総額」です。大きな会社ほど指数のなかで大きな比重を占め、小さな会社ほど小さな比重になる。この「市場がつけた値段の大きさに応じて配分する」という考え方は、両者に共通しています。だから、私がこのシリーズで繰り返してきた「市場の値付けに乗る」という発想は、日本株でも全世界株でも、土台は同じなのです。
では、決定的に違うのは何か。それは「どこまでの範囲を一つの袋に入れるか」という、対象の広さです。TOPIXは、あくまで日本という一国の市場を切り取った指数です。日本の経済が元気なら全体も伸び、日本が停滞すれば全体も停滞する。良くも悪くも、一つの国の運命と一蓮托生です。一方、全世界株インデックスは、世界中の国々をまとめて一つの袋に詰めています。だから、ある国が停滞しても、別の国が伸びていれば、全体としてはならされる。一国に運命を預けるか、世界全体に運命を分散するか——この「対象範囲の広さ」こそが、二つの指数の、いちばん大きな設計思想の違いなのです。
この違いは、リスクの受け止め方に、そのまま表れます。日本株インデックスだけを持つということは、日本という一国の地理・産業・人口・政治のリスクを、まるごと引き受けるということです。それが悪いと言いたいのではありません。自国を深く知り、納得して持つのは、立派な一つの選択です。けれど、前回のシリーズで「読めないリスクは分散で受ける」と結論した私の立場からすると、一国集中は、その国に何か予測不能な出来事が起きたとき、逃げ場のない構えになりかねません。全世界株は、その一点集中の危うさを、世界中に薄く散らすことで和らげる——そういう設計になっているわけです。
もう一つ、面白い対比があります。日本株インデックスのなかでは、私たちのよく知る日本の大企業が、それぞれ大きな比重を占めています。けれど、その同じ企業を全世界株インデックスのなかで探すと、世界中の巨大企業に混じって、ぐっと小さな比重になっています。これは、中国が全世界株のなかで三パーセントに収まるのと、まったく同じ理屈です。日本という袋のなかでは主役でも、世界という袋のなかでは一登場人物にすぎない。さきほど中国について「新興国では主役、世界では三パーセント」と言いましたが、これは日本にも、どの国の企業にも、等しく当てはまる見え方なのです。袋の大きさが変われば、同じ存在の見える大きさも変わる——指数とは、そういうものなのだと、私は受け止めています。
「中国を避ける」と言っても完全には避けられない理由
さて、ここからが少しややこしい話です。「中国のリスクが気になるから、中国を含まないインデックスを選びたい」という考え方は、当然ありえます。実際、新興国を除いた先進国だけの全世界株や、特定の国を除いた指数も存在します。けれど私は、たとえそうしたインデックスを選んだとしても、「中国を完全に避ける」ことはできない、と考えています。今回は、その理由を、中立的に、構造の話として整理しておきたいと思います。
第一の理由は、企業の売上の地理的なつながりです。たとえ中国に上場する企業を一切含まないインデックスを選んだとしても、そこに含まれる先進国の大企業の多くは、中国に製品を売ったり、中国で部品を作ったり、中国の市場に大きく依存していたりします。私が全世界株を通じて間接的に保有する世界的なメーカーやブランドのなかには、売上のかなりの部分を中国市場から得ている会社が、少なくありません。つまり、株式の「国籍」では中国を外せても、その企業の「稼ぎの源泉」を通じて、中国経済とは深くつながってしまうのです。前回、地政学の火種が「経済のつながりを通じて世界中に枝を伸ばす」と書きましたが、それと同じ構図です。
第二の理由は、サプライチェーン、つまり供給網のつながりです。現代の製造業は、世界中に張り巡らされた部品と工程の網のうえに成り立っています。ある製品が完成するまでに、いくつもの国の工場を経由し、そのどこかに中国の工程が組み込まれている、ということは珍しくありません。私が持つ全世界株のなかの企業が、たとえ中国に拠点を持っていなくても、その仕入れ先や、仕入れ先の仕入れ先をたどっていけば、どこかで中国とつながっている——そういうことが、ごく普通に起こります。供給網のつながりは目に見えにくいぶん、株式の国籍で切り分けるだけでは、とうてい捉えきれないのです。
第三の理由は、もっと大きな話で、世界経済そのものの相互依存です。中国は、世界の生産と消費の両面で、大きな存在になっています。だから、中国経済が大きく揺れれば、その波は、中国株を一切持っていない投資家の資産にも、巡り巡って届きます。資源や原材料の価格、世界の物流、各国企業の業績——あらゆる経路を通じて、一国の揺れは世界に広がる。これは中国に限った話ではなく、世界経済が深くつながった現代では、どの大国についても言えることです。一国だけを資産から切り離したつもりでも、その国の影響まで切り離せるわけではない、という点を、私は冷静に押さえておきたいと思っています。
こうして見ると、「中国を避ける」というのは、思っているほど簡単ではない、と分かります。株式の国籍では外せても、売上、供給網、世界経済の相互依存という三つの経路を通じて、つながりは残り続ける。だとすれば、「完全に避けられる」という前提で身構えるよりも、「どうせ完全には避けられないのだから、世界全体のなかの三パーセントとして、ありのまま受け止める」と腹をくくるほうが、私には素直に感じられます。中立に申し上げれば、避けたい方が避ける選択も尊重します。ただ、避けたつもりでも残るつながりがある、という事実だけは、知ったうえで選んでいただきたい、というのが私の願いです。
家計に寄せれば、これは「特定の国の製品を買わないと決めても、暮らしから完全に締め出すのは難しい」という、日々の実感に似ています。我が家でも、子どもの持ち物や食卓に並ぶものをたどれば、世界中の国とのつながりが見えてきます。完全な分離など、現実にはほとんど不可能です。だから私は、無理にすべてを切り分けようとするより、つながりがあることを前提に、全体として偏りすぎない構えを保つ——そういう向き合い方を、暮らしでも投資でも選んでいます。
比率は固定でない——市場が決め直し続ける仕組み
最後に、もう一つ大切な性質を確かめておきます。それは、ここまで「三パーセント前後」と言ってきた中国の比率が、決して固定された数字ではない、ということです。この比率は、誰かが一度決めて据え置いているものではなく、市場が日々、決め直し続けています。私はこの「決め直し続ける仕組み」こそが、インデックス投資のいちばんの安心材料だと考えています。
仕組みは、こうです。さきほど触れたとおり、指数は時価総額——市場がつけた値段の大きさ——に応じて、各国・各銘柄の比重を決めています。中国企業の株価が上がり、その存在感が増せば、指数のなかでの比重も自然に上がります。逆に、中国企業の株価が下がり、世界の投資家の評価が下がれば、指数のなかでの比重も自然に下がります。私が何もしなくても、世界中の投資家の売買の結果が、毎日この比率に反映され、配分が静かに調整されていく。三パーセントという数字は、固定の設定値ではなく、市場が出し続けている「いまの評価」の、その時々のスナップショットなのです。
これは、私のように当てる自信のない人間にとって、たいへんありがたい仕組みです。もし中国の地政学リスクが高まり、世界の投資家がその将来を厳しく見積もれば、売られて株価が下がり、指数のなかでの比重もおのずと縮みます。私が「中国のリスクが上がったから比率を下げよう」と判断する必要はありません。世界中の投資家の総意が、私の代わりに、自動的に比率を調整してくれる。逆に、評価が高まれば、比重は自然に増えていく。前回「読めないリスクは分散で受ける」と書きましたが、その分散の中身そのものが、市場の判断によって絶えず再調整され続けている——これほど心強い仕組みは、なかなかありません。
言い換えれば、インデックスを保有するということは、「個別の国や企業の運命を、自分で当てに行く役目から降りる」ということです。どの国が伸び、どの国が沈むか、その判断は、世界中の投資家が積み重ねる売買に、まるごと委ねる。私はただ、その総意が出した配分を、薄く広く受け取るだけ。中国が三パーセントなのも、ある国が大きく、ある国が小さいのも、すべては市場が決め直し続けた結果です。私の仕事は、その結果を当てることではなく、その結果に乗り続けることなのです。当てることから降りられる——これが、インデックス投資が私のような一人の親にも続けられる、いちばんの理由です。
もちろん、これも万能ではありません。市場の値付けが、つねに正しいとは限りません。ときに行きすぎ、ときに見誤ることもあるでしょう。それでも私は、自分一人の判断で当てに行くより、世界中の投資家の総意に委ねるほうが、長い目で見れば堅実だと信じています。一人の見立てが市場全体の見立てに勝ち続けるのは、至難の業だからです。借金で身動きが取れなくなれば、この「乗り続ける」という構えそのものが崩れてしまいますから、ここでも私は、複利を時間をかけて味方につけられるだけの余裕を、家計に残しておくことを忘れません。当てに行かず、乗り続ける。そのために、追い込まれない懐を保っておく——この二つは、私のなかで一本につながっています。
「三パーセントを、当てずに丸ごと受け止める」という結論
ここまでの話を、一つの結論にまとめます。全世界株インデックスにおける中国の比率は、おおむね三パーセント前後。その数字は、私が決めたものでも、誰かが固定したものでもなく、世界中の投資家の売買が積み重なって出した、市場全体の集合的な評価です。新興国のなかでは主役級でも、世界全体に引けば三パーセント。経済規模の大きさと、投資対象としての大きさは別物であり、指数が映すのは後者のほう——このシリーズで繰り返してきたテーマが、最後にこの一つの数字へと収束しました。
そして、その三パーセントを、私は当てに行きません。多すぎると感じて避けようとするのも、少なすぎると感じて上乗せしようとするのも、結局は「自分の見立てが市場の見立てに勝てる」という思い上がりに、片足を突っ込むことになりかねないからです。避けようとしても、売上や供給網や世界経済の相互依存を通じて、つながりは完全には切れません。ならば、世界全体のなかの三パーセントとして、ありのまま受け止める。そして、その比率は市場が日々決め直してくれるのだから、私は当てる役目から降りて、ただ乗り続ける。これが、十三話をかけて中国を眺めてきた末に、私がたどり着いた、地味で素直な答えです。
もちろん、これはすべて私個人の見解であり、特定の国や商品、投資手法を勧めるものではありません。中国を含む全世界株を持つのも、特定の地域を除くインデックスを選ぶのも、どちらが正解という話ではなく、それぞれの事情と納得のうえで決めることです。正確な比率や中身は、必ずご自身で目論見書や運用報告書を確認してください。それでも、「インデックスの中身を理解したうえで、市場の時価総額判断に乗る」という構えは、不確実な時代に資産を育てたい多くの人にとって、一つの落ち着いた立ち位置になるのではないかと思います。中身を知らずに漠然と持つのでも、中身を恐れて細かく当てに行くのでもなく、中身を理解したうえで、世界全体の値付けに身をゆだねる——その三パーセントの意味を、私はようやく、腹の底から納得して受け取れるようになりました。
このシリーズを通読したい方は、出発点となる第1話、シリーズ全体の中国から学ぶ資産形成シリーズのハブページ、そして関連シリーズもまとめた統合ハブページもあわせてご覧ください。
次回は、いよいよこのシリーズの締めくくりです。十四話にわたって中国という国を多面的に眺めてきた末に、四児の父である私自身は、結局この国と、そして自分の資産と、どう付き合っていくのか。理解して恐れすぎず、かといって過信もせず、ちょうどいい距離感で付き合うとはどういうことか。第15話:理解して付き合う・4児パパの中国との結論 へ続く。インデックスの中身を理解したうえで保有を選ぶということは、市場の時価総額判断に静かに乗るということ。その意味を、最後にもう一度、自分自身の暮らしと言葉で確かめながら、このシリーズを締めくくりたいと思います。


