地政学リスクを資産配分でどう扱うか|台湾・南シナ海・中国から学ぶ資産形成シリーズ第13話

投資・資産運用

投資をやっていると、ときどき「予測しようがないこと」に出くわします。決算の数字なら、調べれば調べるほど見えてきます。地理や産業構造も、時間をかければある程度は理解できます。けれど、国と国との関係——いつ緊張が高まり、いつ落ち着くのか、どの火種が燃え上がり、どれが立ち消えるのか——これだけは、どれだけ調べても、最後まで読み切れません。私はこれを「地政学リスク」と呼んでいますが、二十年投資をやってきて、いまだにこれだけは「当てに行く対象」ではなく「備える対象」だと考えています。今回は、中国とその周辺で揺れ動くいくつかの火種を題材に、読めないリスクを資産形成のなかでどう扱うか、という話をしていきます。

このシリーズも第13話になりました。前回の第12話では「総額の大きさと、実効的な豊かさは別物だ」という話をしました。広い国土も、その大半が砂漠なら活かされていない。だから見かけの規模ではなく「実効規模」で測ろう、と。今回はその続きとして、せっかく育てた実効規模を脅かしうる「地政学」という、変えられないけれど揺れ動く条件に踏み込みます。シリーズ全体の流れは中国から学ぶ資産形成シリーズのハブページにまとめてありますので、はじめての方はそちらからどうぞ。

あらかじめお断りしておきます。私は国際政治の専門家でも軍事の専門家でもありませんし、特定の国を称賛したり非難したりするつもりは一切ありません。どの国が正しい、どの国が間違っている、いつ何が起きる——そういった善悪の判定や有事の予測には、まったく立ち入りません。あくまで中立的に、「読めないリスクを、一人の投資家として、自分の資産配分のなかでどう受け止めるか」という、リスク管理の観点だけで向き合います。以下はすべて私個人の見解であり、特定の国や銘柄への投資を勧めるものでも、特定の事態の発生を予想するものでもありません。お金や資産にかかわる判断は、最後はご自身の責任で、よく調べたうえで下してください。

周辺国との関係——日本・韓国・ロシア・インド

地図を広げてみると、中国はじつに多くの国と国境を接しているのが分かります。陸でも海でも、これほど多くの隣人を持つ国は、世界でもそう多くありません。隣人が多いということは、それだけ関係の数も多く、関係の数だけ、緊張と協調の両方が生まれうる、ということです。私はこの「隣人の多さ」を見るたびに、人間関係と同じだな、と妙に納得してしまいます。付き合いが多ければ、その分だけ、うまくいく相手も、ぎくしゃくする相手も増える。国もまた、同じなのでしょう。

東には、海をはさんで日本があり、朝鮮半島に韓国があります。経済的には深く結びつき、貿易の相手として互いに欠かせない一方で、歴史や領土をめぐる難しい論点も抱えています。北から西にかけては、広大な国境を接するロシアがあり、こちらはこちらで、時代によって近づいたり離れたりを繰り返してきた、複雑な間柄です。そして南西には、同じく巨大な人口を抱えるインドがあり、高い山を境界にしながら、ときに国境をめぐる緊張が表面化することもあります。どの関係も、単純に「仲が良い」「悪い」と一言で言えるものではなく、経済では結びつきながら、別の論点ではぎくしゃくする——そういう多面的な間柄が、幾重にも重なっているのです。

私がここで強調したいのは、どの国の言い分が正しいか、という話ではありません。そこには一切立ち入りません。私が投資家として注目するのは、「これだけ多くの関係が、これだけ多面的に絡み合っていると、その一つひとつが、いつ、どう動くかを正確に読むのは、ほぼ不可能だ」という、ただその一点です。隣人が多く、関係が複雑であればあるほど、未来は読みにくくなる。これは良し悪しの問題ではなく、構造の問題です。そして、読みにくいものを無理に読もうとすると、たいてい痛い目を見る——これが、私が二十年かけて学んだことでした。

もう一つ付け加えておきたいのは、これらの関係が「固定されていない」という点です。今日まで友好的だった間柄が、ある出来事をきっかけに一気に冷え込むこともあれば、長く緊張していた関係が、利害の一致からふいに歩み寄ることもあります。経済では深く結びついているのに、安全保障では距離を置く、という「ねじれた関係」も珍しくありません。一つの国との間にすら、協調と緊張が同時に存在し、しかもその配合が時々刻々と変わっていく。これを正確に追いかけ、先を読もうとするのは、私にはとても手に負える仕事ではありません。専門家が総力を挙げて分析してなお外すのですから、片手間に眺めている一個人が当てられるはずもない、と素直に認めています。

家計のたとえで言うなら、これは「付き合いの多い家」に似ています。親戚づきあいが広く、ご近所との関わりも深い家庭は、それ自体が豊かさの源にもなりますが、同時に、いつどこで揉め事が起きるか分からない、という不確実性も抱え込みます。私の家も、四人の子それぞれに学校や友人関係があり、関わる人の数だけ、思いがけない出来事が起こります。誰かが体調を崩す、進路が急に変わる、思わぬ出費が重なる——どれも、前の晩に予定表を眺めていても予告などしてくれません。すべてを予測して先回りすることは、どだい無理な話です。だから私は、個々の出来事を当てに行くのではなく、「何が起きても家計が傾かないだけの余裕」を持っておく、という構えに切り替えました。国際関係も、家計も、関わりが多ければ多いほど、「予測」より「備え」が効いてくるのです。予測は外れれば紙くずになりますが、備えは何が起きても無駄になりません。この非対称性こそが、私が予測より備えを選ぶ、いちばんの理由です。

海洋進出・台湾問題・南シナ海という火種

周辺国との関係のなかでも、とりわけ世界の注目を集めるのが、海をめぐるいくつかの論点です。私はこれらを、特定の主張に与することなく、ただ「世界の市場が神経をとがらせている火種」として、距離を置いて眺めています。なぜなら、これらの火種が揺れるたびに、世界中の株式市場が反応するからです。投資家として見過ごすわけにはいかない一方で、その行方を当てに行くのは無謀だ、というのが私の立場です。

まず、海への進出という大きな流れがあります。前回までのシリーズで見てきたように、海に面しているという地理は強力な優位であり、その海を通じた影響力を広げようとする動きは、長い時間をかけて続いてきました。これに対して、周辺の国々や、海の向こうの大国が、それぞれの立場から関心を寄せている。次に、台湾をめぐる論点があります。これは世界でもっとも注視されている火種の一つで、当事者それぞれに譲れない事情があり、周辺の国々や大国もそれぞれの立場を持っています。そして、南シナ海。多くの国が領有や航行をめぐって主張を重ね合う、複雑に入り組んだ海域です。

繰り返しますが、私はこれらの論点について、どの主張が正しいかを判断しませんし、いつ何が起きるかを予測することもしません。そこに踏み込んでも、一人の投資家にできることは何もないからです。私が見ているのは、ただ一つ。「これらは世界の市場が常に神経をとがらせている火種であり、その緊張が高まれば、世界中の資産価格が大きく揺れうる」という事実です。火種そのものの是非ではなく、火種が市場に与える影響の大きさ——そこだけを、リスク管理の対象として冷静に見ているのです。

こうした火種に共通するのは、「いつ動くか」も「どう転ぶか」も、当事者ですら正確には読めない、という性質です。長く静かなまま推移することもあれば、思いがけず緊張が高まることもある。落ち着いたかと思えば、また別の論点が浮上する。これほど多くの専門家が日々分析していてなお、確実な予測ができないのですから、専門家でもない私が「次はこうなる」と賭けるのは、投資というより、ただの当て物です。私は、当て物にお金を託すつもりはありません。読めない火種は、読もうとするのではなく、「どう転んでも致命傷を負わない置き方」で受け止める。これが私の基本方針です。

もう一つ厄介なのは、これらの火種が、私たちの日々の暮らしと、思いのほか深くつながっている、という点です。世界の製造業の多くがこの地域と結びつき、海上の航路は世界中の物流の動脈になっています。だからこそ、ここで緊張が高まれば、その影響は当事国だけにとどまらず、巡り巡って、遠く離れた国の企業の業績や、私たちが手にする製品の価格にまで及びかねません。火種は、地図の上では遠い一点に見えても、経済のつながりを通じて、世界中に枝を伸ばしているのです。だからこそ私は、「自分には関係のない遠くの話」とは思っていません。関係はある。けれど、その行方は読めない。関係があるのに読めないものこそ、当てに行くのではなく、備えで受けるべき対象なのだと、私は考えています。

地政学イベントは株価をどう動かすか

では、こうした地政学の火種が実際に揺れたとき、株価はどう動くのでしょうか。これは、過去の傾向として、ある程度の「クセ」が見て取れます。二十年相場を眺めてきた経験から言うと、地政学イベントが市場に与える影響には、いくつかの共通したパターンがあるように思います。もちろん、これは私個人の観察にすぎず、次も同じになる保証はどこにもありませんが。

第一に、緊張が高まったという報せが流れると、市場はしばしば短期的に大きく下げます。投資家は不確実性を何より嫌いますから、「何が起きるか分からない」という状況そのものが、売りを呼ぶのです。とくに、火種に近い地域の資産や、その地域に深く依存した企業の株は、敏感に反応します。第二に、その下げは、必ずしも長続きするとは限りません。実際に大きな事態に至らず、緊張が一旦落ち着けば、市場は時間をかけて元の水準を取り戻していくことも、過去には少なくありませんでした。逆に、事態が長引いたり深刻化したりすれば、影響はより広く、より長く尾を引きます。

第三に、そしてこれが私にはいちばん重要に思えるのですが、地政学イベントの「いつ・どの程度」を事前に正確に当てて立ち回るのは、ほぼ不可能だ、ということです。下げを当てて事前に売り抜けようとしても、いつ下げるかは読めません。下げきった底で買い戻そうとしても、どこが底かは後になってからしか分かりません。何より、緊張が高まる「前」に手を打とうとすれば、たいていは何も起きないまま空振りに終わり、待っているあいだに市場全体の成長を取り逃します。地政学を当てに行く売買は、当たれば大きいように見えて、長い目で見れば、勝ち続けるのが極めて難しい類のものなのです。

第四に、市場の反応そのものが、しばしば一様ではない、という点も見逃せません。同じ地政学ニュースでも、ある業種は大きく下げ、別の業種はむしろ上げる、ということが起こります。緊張が高まれば資源やエネルギーに関わる資産が買われたり、特定の地域から距離を取ろうとする資金が別の地域へ流れ込んだり——市場の内側では、複雑なお金の移動が同時並行で進みます。「悪いニュースが出たから全部下がる」という単純な図式は、現実にはなかなか当てはまりません。この複雑さもまた、「どこがどう動くかを事前に当てるのは無理だ」という結論を、いっそう強くします。動く方向すら一様でないものを、タイミングまで当てようというのは、欲張りが過ぎる話なのです。

私自身、若いころには「これは大きく動きそうだ」と身構えて、市場の外で待ったことが何度かあります。けれど結果は、たいてい裏目でした。身構えていた事態は起きず、その間に市場はじりじりと上がっていく。あるいは、ようやく動きがあったときには、すでに価格はそれを織り込んでいて、私が動く余地はもう残っていない。市場は、私が新聞で読むようなことは、たいてい先回りして価格に織り込んでいます。読めない出来事を当てに行く取引で、私は得をした記憶よりも、機会を逃した記憶のほうがずっと多いのです。地政学イベントは、株価を確かに動かす。けれど、その動きを事前に当てて儲けるのは、別の話なのだ——これが、火傷を重ねて得た、苦い実感でした。そして、こうした「当てに行く売買」の最大の代償は、外したときの損失そのものよりも、当てようと身構えているあいだ、心が市場のニュースに振り回され続けることにあった、と今では思います。落ち着いて長く持ち続けることこそが、いちばんの果実を生むのに、当て物はその落ち着きを根こそぎ奪っていくのです。

予測不能リスクをポートフォリオで吸収する

では、読めない地政学リスクを、私はどう扱っているのか。答えは拍子抜けするほど単純で、「当てに行くのをやめて、分散で吸収する」というものです。当てられないものは、当てようとしない。その代わり、何が起きても致命傷を負わないように、資産の置き場所を広く散らしておく。これが、予測不能リスクに対する、私の唯一の備えです。

具体的には、私は四人の子の教育資金を預かる身として、特定の国や特定の地域に資産を集中させず、世界中の株式に幅広く分散して保有しています。ある地域で地政学の火種が揺れて、その地域の資産が大きく下げたとしても、世界全体に薄く広く散らしておけば、ポートフォリオ全体への打撃は和らぎます。一つの地域の緊張が、私の資産のすべてを揺るがすことはない。逆に、別の地域が落ち着いて伸びていれば、それが下げを補ってくれることもある。分散とは、こうして「どこか一か所の予測不能な揺れ」を、全体でならして吸収する仕組みなのです。

ここで大切なのは、分散は「リスクを当てるための道具」ではない、ということです。分散は、「どこで何が起きるか分からないからこそ、どこで何が起きても大丈夫なようにしておく」ための道具です。私は、次にどの火種が揺れるかを知りません。知らなくていい、と思っています。知らなくても、世界全体を薄く持っていれば、揺れた場所の痛みは全体のなかに溶けていき、揺れなかった場所の成長は全体の力になる。当てる必要がないからこそ、私のような専門家でない一人の親でも、安心して長く続けられるのです。

ここで一つ、誤解されやすい点を補っておきます。分散は「魔法の盾」ではありません。世界全体が同時に大きく揺れるような局面では、分散していても資産全体が下がることはあります。分散が消してくれるのは、「ある一か所だけで起きた出来事に、自分の資産のすべてを巻き込まれる」という、いわば一点集中の危うさです。世界中に薄く広げておけば、特定の地域の火種で全財産が吹き飛ぶ、という最悪の事態は避けられる。けれど、世界全体に関わるような大きな波までは、避けきれません。それでも私は、それでいい、と思っています。なぜなら、世界全体が長い目で前に進んでいくと信じるからこそ、私はそこに身を置いているのであって、その大きな波に乗り続けることこそが、分散投資の本懐だからです。一点の事故は避け、全体の歩みには乗る——分散が引いてくれるのは、この線なのだと理解しています。

少し家計の話に寄せると、これは私が生活防衛資金を厚めに持っている理由とも、根は同じです。妻を病で見送り、四人の子を一人で育てる立場になったとき、私が痛感したのは、「人生で本当に大きな出来事は、たいてい予告なくやってくる」ということでした。だから私は、いつ来るか分からない出来事に対して、「いつ来るかを当てる」のではなく、「いつ来ても耐えられる備え」を持つ方向に、すっかり考えを切り替えました。地政学リスクへの分散も、家計の防衛資金も、根っこにある思想はまったく同じです。読めないものは、読むのではなく、受け止められるように構えておく。これが、私の暮らしと投資を貫く、一本の柱になっています。

借金と複利についても、ここで軽く触れておきます。予測不能なリスクを抱える局面でこそ、過剰な借金は禁物だ、というのが私の考えです。地政学の揺れで市場が大きく下げたとき、もし借金で身動きが取れなくなっていれば、本来なら時間をかけて回復を待てる場面で、底値での手放しを迫られかねません。読めない揺れに耐えるには、借金で自分を追い込まず、複利を味方につけられる余裕を残しておくことが何より大切です。借金は、確実にそのコストを上回って増やせると見込める例外的な場面でのみ意味を持つ道具にすぎない。予測のつかないリスクの前では、その例外は一段と狭くなる、と私は考えています。

「読めないリスクは分散で受ける」という結論

ここまでの話を、一つの結論にまとめます。地政学リスクは、当てに行くものではなく、分散で受けるものだ——これが、私がたどり着いた答えです。周辺国との複雑な関係も、海をめぐる火種も、いつ・どう動くかは、専門家ですら読み切れません。読めないものを無理に当てようとすれば、空振りで機会を逃すか、当て物で痛手を負うか、どちらかになりがちです。だから私は、当てることを早々にあきらめ、何が起きても致命傷を負わない置き方を選びました。

その置き方の中心が、全世界への分散です。特定の国、特定の地域に資産を集中させず、世界中の株式を薄く広く保有しておく。そうすれば、どこかの火種が揺れても、その痛みは全体のなかにならされ、別の場所の成長がそれを補ってくれる。私はどの火種が次に揺れるかを当てなくても、世界全体の歩みを、まるごと薄く受け取ることができる。地味ですが、これが予測不能なリスクに対して、一人の親が取れる、もっとも堅実な構えだと信じています。

ここで、あえて反対側の発想にも触れておきます。たとえば「特定の地域の火種は近いうちに必ず動く」と読んで、その方向に大きく賭ける——いわゆる逆張りで一点に張る、という考え方もあるでしょう。けれど私から見れば、これもまた一種の集中投資にほかなりません。地政学イベントの行方を当てに行って一点に資金を寄せるのは、当たれば大きい代わりに、外れれば取り返しがつかない。読めないと認めたはずのものを、結局「読めるはずだ」と賭けに変えてしまっている。私には、その自信がありません。だからこそ、当てに行く集中ではなく、当てなくて済む分散を選ぶ。読めないリスクを逆張りで張るのは、私にとっては、避けるべき集中の一形態なのです。

もちろん、これはすべて私個人の見解であり、特定の国や銘柄、投資手法を勧めるものではありません。地政学リスクへの向き合い方に唯一の正解はありませんし、私の「分散で受ける」という方針も、私の事情と性分に合った一つのやり方にすぎません。それでも、「読めないものは、読もうとせず、受け止められるように構える」という視点は、不確実な時代を生きる多くの人にとって、何かしらの補助線になるのではないかと思います。私の結論は、いつもの場所に着地します。当てられない火種を一点で張るのではなく、世界中に分散して薄く広く持ち、複利の力で時間をかけて育てる——予測不能なリスクを、分散の網でならして受け止める。これが、読めない出来事に何度も振り回されてきた一人の親が、たどり着いた地味で確かな答えです。

このシリーズを通読したい方は、出発点となる第1話、シリーズ全体の中国から学ぶ資産形成シリーズのハブページ、そして関連シリーズもまとめた統合ハブページもあわせてご覧ください。

次回は、ここまで見てきた「読めないリスクは全世界分散で受ける」という考え方を、より身近な投資先に引き寄せて確かめます。第14話:オルカンは中国にどれだけ投資しているのか へ続く。私たちが何気なく積み立てている全世界株のインデックスは、実のところ中国にどれだけの比重を割いているのか。そしてその比重は、地政学リスクを当てに行かずに分散で受ける、という今回の結論と、どう噛み合うのか。台湾の火種を逆張りで張るのも、特定の地域を避けて持たないのも、どちらも一種の偏った賭けになりかねません。全世界に身をゆだねるとは、中国を含む世界全体を、当てずに丸ごと受け止めるということ——その中身を、いっしょに数字で確かめていきましょう。

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