食料安全保障|小麦・大豆・肥料という「食べる地政学」・地政学で学ぶ資産形成シリーズ第10話

投資・資産運用

地政学で学ぶ資産形成シリーズも、第10話を迎えました。前回(第9話:金(ゴールド)と中央銀行の地政学)では、誰の負債でもない無国籍の価値である金と、国家がなぜ今もそれを積み増すのかを、できるだけ中立的に見てきました。今回は、人が生きていくうえでエネルギーと並んで絶対に欠かせないもの——「食」に目を向けます。私たちが毎日口にしている小麦・大豆・トウモロコシ、そしてそれを育てるための肥料が、実はごく少数の国に支えられているという現実。そこに紛争や天候や輸出規制が重なったとき、それがどうやって私たちの食卓に届くのか。食べることの裏側にある「地政学」を、丁寧にほどいていきます。シリーズ全体の地図は地政学シリーズ ハブページからたどれます。

私は4人の子どもを育てながら、20年にわたって不動産の大家業、自分の事業、そして投資を続けてきました。妻を病気で亡くしてからは、「自分がいなくなっても子どもたちが困らないお金の仕組み」をどう作るかを、それまで以上に真剣に考えるようになりました。地政学を学ぶのは、どこかの国を持ち上げたり貶めたりするためではなく、世界の食料やお金の流れがどんな力学で動いているのかを理解し、自分の資産を長い時間軸で守り、育てるためです。以下はあくまで私個人の見解であり、特定の食品や投資対象を勧めるものでも、特定の配分を推奨するものでもないことを、はじめにお断りしておきます。

食料自給率という日本のもう一つの急所

このシリーズでは、これまで何度か「日本の急所」という言い方をしてきました。エネルギーの多くを海の向こうに頼っていること、半導体の材料や設備で世界とつながっていること——どれも、私たちの暮らしの土台が、思っている以上に国境の外と結びついているという話でした。今回取り上げる「食」も、その急所のひとつです。むしろ、毎日かならず口にするという意味では、もっとも身近で、もっとも切実な急所かもしれません。

日本の食料自給率という言葉を、ニュースなどで耳にしたことがある方は多いと思います。これは、私たちが食べているもののうち、どれくらいを国内でまかなえているか、という割合のことです。細かい数字の議論はここでは脇に置きますが、大づかみに言えば、日本はカロリーで見たときの食料の多くを、海の向こうからの輸入に頼っています。お米のように国内でほぼまかなえているものもありますが、私たちの食卓全体を見渡せば、輸入なしには成り立たない、というのが実情です。これは、良い悪いの話ではなく、まずそういう構造になっている、という事実として受け止めておきたいところです。

ここで大切なのは、「食料を輸入に頼っている」ということが、単に食べものの問題ではなく、地政学の問題でもある、という視点です。海の向こうから食べものを運んでくるということは、その産地となる国の事情、運ぶための海上輸送の安定、そして取引に使うお金の流れ——これらすべてが、私たちの食卓と地続きになっている、ということを意味します。産地の国で天候不順が起きれば、紛争が起きれば、あるいはその国が「自国民を優先するから輸出を絞る」と決めれば、その影響は時間差をともなって、いずれ私たちの食卓に届きます。食を輸入に頼るということは、世界の不安定さを、食卓を通じて受け取りやすくなる、ということでもあるのです。

私はこの構造を、4人の子どもを抱える家計の責任者として、決して他人事だとは思えません。エネルギーの値上がりは、たしかに家計に重くのしかかります。けれど、食べものは、エネルギー以上に「削れないもの」です。寒ければ着込んで暖房を我慢することはできても、育ち盛りの子どもたちの食事を減らすわけにはいきません。だからこそ、食料という急所が、世界のどんな力学の上に成り立っているのかを知っておくことは、家計を守るうえでも、長い目で資産を考えるうえでも、避けて通れないと私は考えています。

小麦・大豆・トウモロコシの輸出は少数国に集中している

では、世界の食料は、いったいどこから来ているのでしょうか。ここで知っておきたいのが、私たちの食卓を支える主要な穀物——小麦、大豆、トウモロコシといった作物の「輸出」が、実はごく少数の国々に強く集中している、という事実です。世界中の畑で作物は育っていますが、それを世界に向けて大量に「売り出している」国となると、ぐっと顔ぶれが絞られます。これが、食料の地政学を理解するうえでの、最初の重要なポイントです。

少し丁寧に説明しましょう。多くの国は、自分たちが育てた食料を、まず自国の人々のために使います。世界に向けて余りを輸出できるのは、広大な農地と、それを効率よく耕すための技術や仕組みを持った、限られた国々です。小麦であれば、広い平原を持ついくつかの国。大豆やトウモロコシであれば、大規模な農業に適した気候と土地を持つ、これまたいくつかの国。世界の食料貿易の地図を眺めると、輸出という蛇口を握っているのは、驚くほど少数の国々だということが見えてきます。私はこの構造を、第7話で見たエネルギーの話と、よく似ていると感じます。エネルギーも、産出が一部の地域に偏っていることが、地政学的な力を生んでいました。食料もまた、輸出の偏りが、同じような力学を生むのです。

輸出が少数国に集中していると、何が起こるのか。それは、その少数の国のどれか一つでも、何らかの理由で輸出を止めたり減らしたりすると、世界全体の食料の流れに、無視できない影響が出る、ということです。たとえば、ある主要な輸出国で大きな天候不順が起き、収穫が落ち込んだとします。すると、その国からの輸出が細り、世界の食料を求める需要が、残りの輸出国に集中します。需要が集まれば、世界全体の価格は押し上げられます。蛇口の数が少ないからこそ、そのうちの一つが細っただけで、全体の水量が大きく変わってしまうのです。

もう一つ見落とせないのが、これらの作物が、私たちの食卓に「直接」だけでなく「間接的に」も深く関わっている、という点です。小麦はパンや麺になって直接食卓に上りますが、トウモロコシや大豆の大きな部分は、家畜のエサ——飼料——として使われています。つまり、トウモロコシや大豆の値段が上がると、それを食べて育つ牛や豚や鶏のコストが上がり、めぐりめぐって、お肉や卵や乳製品の値段に効いてくる。穀物の地政学は、パンの棚だけでなく、精肉や卵のコーナーにまで、静かに手を伸ばしているのです。この「間接的なつながり」を知っておくと、なぜ世界の遠い畑の出来事が、私たちの食卓全体を揺らすのかが、立体的に見えてきます。

念のため申し添えておくと、これは特定の輸出国を「世界の食料を握る危険な国」として警戒する話ではありません。輸出余力を持つということは、世界の食を支えているという、まぎれもない貢献でもあります。ここで見ておきたいのは、善悪ではなく、「蛇口が少数に集中している」という構造そのものが持つ、もろさと影響力です。供給が一部に偏っているという事実は、それ自体が地政学的な意味を帯びる——この中立的な理解が、次の話の土台になります。

肥料の地政学——窒素・リン・カリウムの供給国

さて、ここまでは「作物そのもの」の話をしてきました。けれど、食料の地政学を本当に理解するには、もう一段、奥に進む必要があります。それは、作物を育てるために欠かせない「肥料」の話です。私は、この肥料の地政学こそ、食をめぐる供給集中の、いちばん根っこにある急所だと考えています。なぜなら、作物がどこで育つかという以前に、その作物を育てる力そのものが、肥料の供給に握られているからです。

肥料と聞くと、なんとなく地味で、あまり地政学とは結びつかないように感じる方もいるかもしれません。けれど、現代の農業が、これだけ多くの人口を養えているのは、まさにこの肥料の力によるところが大きいのです。肥料の中心には、よく「三大要素」と呼ばれる、三つの成分があります。植物の成長を支える窒素、根や実の充実に関わるリン、そして全体の健やかさを支えるカリウムです。この三つがそろってはじめて、畑は豊かに作物を実らせます。逆に言えば、このどれか一つでも世界的に不足すれば、世界中の畑の生産力が、じわりと下がりかねないのです。

ここからが地政学の核心です。この三大要素のもとになる資源もまた、作物の輸出と同じように、世界のごく一部の国や地域に、供給が強く偏っています。窒素肥料は、その製造に大量のエネルギー——とりわけ天然ガス——を必要とするため、エネルギー資源を持つ国の事情と深く結びついています。第7話で見たエネルギーの地政学が、ここで肥料を通じて、食の地政学に直結してくるわけです。リンやカリウムのもとになる鉱物資源も、産出する国や地域がかなり限られています。つまり、私たちの食卓は、「作物の輸出国」という蛇口と、「肥料の供給国」という、もう一段上流の蛇口の、二重の集中構造の上に成り立っているのです。

この二重構造が厄介なのは、上流である肥料の供給が細ると、その影響が、時間差をともなって、より広く、より深く効いてくるからです。作物そのものの輸出が一時的に止まるのは、いわば「すでにできあがったものが届かない」という問題です。けれど、肥料が世界的に不足すれば、それは「これから作物を育てる力が落ちる」という、もっと根本的な問題になります。今年の食卓だけでなく、来年、再来年の畑の実りにまで、影を落としかねない。エネルギー価格が上がれば窒素肥料のコストが上がり、肥料が高く・少なくなれば世界中の収穫量が細り、それがいずれ穀物価格に乗り、最後に私たちの食卓の値段になる——この長い連鎖を意識すると、「遠い国の天然ガスの値段」と「我が家の食費」が、実は一本の線でつながっていることが見えてきます。

私はこの肥料の地政学を知ったとき、食の急所が思っていたよりずっと深いところにあるのだと、あらためて感じました。私たちは普段、スーパーに並ぶ作物だけを見ています。けれど、その作物が実るためには、上流の肥料があり、さらにその上流にはエネルギーがある。供給の集中は、一段ではなく、何段にも重なっている。この重層的な構造を理解しておくことが、食料インフレという現象を、一時的なニュースではなく、構造として受け止めるための鍵になると、私は考えています。

紛争・天候・輸出規制が食卓に届くまで

ここまで、食料と肥料の供給が、いかに少数の国や地域に集中しているかを見てきました。では、その集中した構造が揺らぐと、具体的にどんな経路をたどって、私たちの食卓に影響が届くのでしょうか。ここを丁寧に追っておくと、ニュースで流れる「遠い国の出来事」が、なぜ数か月後の家計を直撃するのかが、腑に落ちます。私は、食卓を揺らす引き金には、大きく三つあると考えています。紛争、天候、そして輸出規制です。

一つ目の引き金は、紛争や地域の緊張です。主要な穀物の産地や、それを運び出す輸送路の周辺で、大きな緊張が高まると、まず作物を育てたり、収穫したり、港から運び出したりすること自体が難しくなります。畑が戦場の近くになれば作付けは滞り、港や航路が不安定になれば、たとえ作物が実っても世界に届けられなくなる。蛇口の一つが、物理的に細る、あるいは止まる。これが、紛争が食料に与える、もっとも直接的な影響です。第8話までで見てきた地政学的な緊張は、通貨やエネルギーだけでなく、こうして食の流れにも、まっすぐ及ぶのです。

二つ目の引き金は、天候です。これは人為的な意図とは無関係に、自然の側から訪れます。主要な輸出国で、大きな干ばつや、極端な高温、長雨や洪水といった天候不順が起きれば、その年の収穫は落ち込みます。先ほど見たとおり、輸出の蛇口は少数に集中しているため、そのうちの一つが天候で打撃を受けただけで、世界全体の供給に穴があきます。しかも天候は、人の都合で制御できません。だからこそ、世界のどこかの主要産地で異常気象が起きるたびに、世界の食料価格は神経質に反応するのです。私は、この天候という引き金こそ、もっとも予測しにくく、もっとも避けがたいものだと感じています。

三つ目の引き金は、輸出規制です。これは、紛争や天候とは性質が異なります。ある国で、天候不順などにより自国の食料が不足しそうになったとき、その国が「まず自国民の食を守ろう」と考え、海外への輸出を制限したり、止めたりすることがあります。これは、その国の立場に立てば、決して理不尽なことではありません。自国民を飢えさせないために輸出を絞るのは、政府として自然な判断です。けれど、世界全体で見ると、これが供給不足をさらに加速させます。一つの国が輸出を絞ると、食料を輸入に頼る国々が慌てて買いを急ぎ、それが価格をさらに押し上げ、別の国にも輸出規制を促す——という、不安が不安を呼ぶ連鎖が起こりうるのです。供給がもともと少数に集中しているからこそ、この連鎖は速く、大きくなりやすい。

そして、これら三つの引き金が引かれてから、私たちの食卓に影響が届くまでには、たいてい「時間差」があります。世界の市場で穀物の値段が上がっても、それが製粉やパンや飼料を経て、スーパーの値札になるまでには、何か月かの時間がかかります。だから私たちは、引き金が引かれた瞬間には、まだ実感がない。けれど、忘れたころに、じわりと食費が上がってくる。この「遅れてやってくる」という性質こそ、食料インフレのやっかいなところであり、家計の側がそれを構造として理解しておくべき理由だと、私は考えています。なお、ここで挙げたのはあくまで一般的な力学であり、特定の国の特定の行動を批判する趣旨ではないことを、念のため申し添えておきます。

4児家計の最前線——お米・パン・飼料コストの実感

ここまでは、世界の食料の流れという、大きな話をしてきました。ここで一度、視点をぐっと引き寄せて、わが家の食卓——4人の子どもを抱える、ごく普通の家計の最前線——に降りてみたいと思います。世界の地政学が、どれほど具体的に、日々の暮らしに効いてくるのか。それを、家計を預かる一人の親として、正直にお話しします。

まず、お伝えしておきたいのは、育ち盛りの子どもが4人いる家の食費は、想像される以上に大きい、ということです。一食あたりの量も、おかわりの回数も、大人ひとりの感覚とはまるで違います。お米は、わが家では「重さの単位がひと桁違う」感覚で消えていきます。パンも、朝食やおやつであっという間になくなる。お肉や卵や牛乳も、成長期の身体をつくる大切な栄養として、毎日たっぷり必要です。だからこそ、これらの値段がほんの少し上がるだけで、月の食費はじわりと、けれど確実に膨らみます。1パーセントの値上がりが、わが家の規模では、決して小さくない金額になって返ってくるのです。

ここで、これまで見てきた地政学の話が、わが家の食卓にぴたりと重なってきます。パンの値段が上がるとき、その背後には、遠い国の小麦畑の天候や、輸出をめぐる事情があるかもしれません。お肉や卵の値段がじわじわ上がるとき、その背後には、家畜のエサであるトウモロコシや大豆の値段があり、さらにその奥には、肥料やエネルギーの供給集中という、何段にも重なった上流の構造がある。私は、スーパーの値札が少しずつ上がっていくのを見るたびに、「ああ、あの遠い構造が、いま、わが家の食卓に届いているんだな」と、半ば実感として受け止めるようになりました。世界の地政学は、抽象的なニュースではなく、レジで支払う金額そのものなのです。

とりわけ私が痛感するのは、飼料コストという「見えにくい上流」の影響です。お米やパンの値上がりは、原料が直接つながっているぶん、まだ理由が想像しやすい。けれど、お肉や卵や乳製品の値上がりは、その背後にある飼料用穀物の値段を意識していないと、「なんとなく全部が高くなった」としか感じられません。トウモロコシや大豆という、わが家が直接は買っていない作物の地政学が、お肉や卵という、毎日買うものの値段に化けて返ってくる。この「直接買っていないものに、家計が左右される」という構造を知っているかどうかで、値上がりへの向き合い方は、ずいぶん変わると思います。

こうした実感から、私が家計の側でやっているのは、特別なことではありません。値上がりの背景には世界の構造があるのだと理解したうえで、慌てず、買いだめに走らず、必要なものを必要なだけ、淡々と買い続ける。そして、食費が構造的に上がっていく時代なのだと受け止め、家計全体の設計を、それを前提に組み立てておく。食卓を削ることはできませんが、世界の力学を理解していれば、少なくとも値上がりに振り回されて不安になることは減ります。知っておくことは、それ自体が、家計を守る静かな力になるのだと、私は感じています。

投資家の教訓——食料インフレと実質購買力の防衛

さて、ここまで見てきた食の地政学から、投資家として何を受け取れるでしょうか。供給が少数国に集中していること。肥料という上流の急所があること。紛争・天候・輸出規制が、時間差をともなって食卓を揺らすこと。そして、それが4児家計の食費に、確実に効いてくること。これらを一本の線でつないだとき、私がたどり着く教訓は、このシリーズで繰り返してきた、ある一点に行き着きます。それは、「食料インフレは、現金の実質的な価値を、静かに削っていく」ということです。

少し丁寧に説明しましょう。食料の値段が、構造的に上がっていく時代だとします。すると、同じ1万円で買える食べものの量は、年々少しずつ減っていきます。手元の現金の「数字」は変わらなくても、その現金で実際に手に入る食べものは目減りしていく。これが、お金の「実質的な価値」が削られる、ということです。タンスや銀行口座に現金を寝かせているだけだと、世界の食料インフレが進むぶん、その現金の実際の力は、知らないうちに少しずつ痩せていきます。前々回・前回でも触れたとおり、現金は安心の象徴のようでいて、インフレの時代には、静かに価値を失っていく性格を持っているのです。

ここで、このシリーズの根っこにある複利という考え方を、現金の側から見てみると、少し怖い一面が見えてきます。複利は、増えるものが増えていく、味方につければこれ以上ない力です。けれど、それは裏を返せば、目減りするものが目減りしていくという、敵に回ったときの力にもなりえます。インフレで現金の価値が毎年少しずつ削られるなら、その目減りもまた、長い時間をかけて積み重なっていく。借金の利息を複利で膨らませてはならないのと同じように、現金の実質的な目減りもまた、複利という時間の力で、じわじわと効いてくるのです。だからこそ私は、現金を「安全だから」と過剰に抱え込むことには、慎重でありたいと考えています。

では、食料インフレが静かに現金を削る時代に、実質的な購買力を守るには、どうすればいいのか。ここで、これまでのシリーズで何度も登場してきた、ある考え方が効いてきます。それは、「値上がりした分を、自分の側に取り込めるものを持っておく」という発想です。食料やそのもとになるものの値段が上がるとき、その値上がりは、誰かにとっては「コスト」ですが、別の誰か——それを供給したり、値上げを価格に反映できたりする側——にとっては「収入」になります。食をめぐる長い供給の連鎖のどこかには、値上がりを自分の売値にきちんと転嫁できる企業群が、必ず存在するのです。

そして、ここがこのシリーズで一貫してお伝えしてきた肝なのですが、私たちは、そうした「値上げに価格転嫁できる企業群」を、一社一社見極めて選び当てる必要はありません。世界中の幅広い企業に、薄く広く分散して投資するインデックス——たとえば、このシリーズで繰り返し触れてきた、S&P500や全世界株式(いわゆるオルカン)のような、指数に連動して世界全体に分散する株式の器——を持っておけば、その中には、食料インフレの局面で値上げを売値に反映できる企業も、自然に含まれてきます。インフレで物の値段が上がる時代は、見方を変えれば、転嫁力を持つ企業の売上が名目上ふくらむ時代でもある。株式という器は、その「名目のふくらみ」を、株主の側に取り込む性格を持っています。これが、株式インデックスが持つ、インフレへの耐性の正体です。当てにいかず、漏らさず拾い、時間を味方につける——この姿勢が、食料インフレに対しても、そのまま生きるのです。

もちろん、これは「食料インフレが来るから株を買えば必ず儲かる」という単純な話ではありません。株式には値動きがあり、短い期間では、インフレと株価がきれいに連動するとは限りません。これはあくまで、長い時間軸で見たときに、現金だけを抱え込むよりも、世界の成長と物価のふくらみを取り込める器を、コア(中心)に据えておくことが、実質的な購買力を守るうえで理にかなっている、という、私個人の考え方です。最終的な判断は、必ずご自身の状況に応じて、ご自身で行ってください。私が子どもたちに残したいのは、特定の食品株を当てる眼力ではなく、「食卓を支える世界の値上がりを、株主の側からそっと受け取れる器を、長く持ち続ける」という、落ち着いた構えそのものなのです。

まとめ

第10話では、人が生きていくうえで欠かせない「食」を、地政学の視点から見てきました。日本は食料の多くを輸入に頼っており、それ自体が、エネルギーや半導体と並ぶ「もう一つの急所」です。そして、私たちの食卓を支える小麦・大豆・トウモロコシといった主要な穀物は、その輸出がごく少数の国に集中しています。さらにその上流には、作物を育てる力そのものを握る、窒素・リン・カリウムという肥料の供給集中があり、その奥にはエネルギーの地政学までつながっている。食卓は、何段にも重なった供給集中の上に成り立っているのです。

その集中した構造に、紛争・天候・輸出規制という三つの引き金が引かれると、その影響は時間差をともなって、私たちの食卓に届きます。育ち盛りの子どもが4人いるわが家では、お米・パン、そして飼料コストを通じたお肉や卵の値上がりが、家計の最前線で確かに効いてきます。世界の地政学は、抽象的なニュースではなく、レジで支払う金額そのものなのです。だからこそ投資家として導かれる教訓は、食料インフレが現金の実質的な価値を静かに削っていくという事実を直視し、その目減りに対して、値上げを価格に転嫁できる企業群を含む株式インデックス——S&P500やオルカンのような世界全体に分散する器——を、コアとして長く持っておくこと。それが、実質的な購買力を守るうえで理にかなっていると、私は考えています。当てにいかず、漏らさず拾い、時間を味方につける——この姿勢が、食をめぐる地政学に対しても、そのまま生きます。もちろん、最終的な判断は、必ずご自身の状況に応じて、ご自身で行ってください。

さらに学びを深めたい方は、シリーズの出発点である第1話:地政学と資産形成の入り口から読み返してみてください。シリーズ全体の地図は地政学シリーズ ハブページに、関連する資産形成の考え方は資産形成 統合ハブにまとめてあります。

次回は、現代の産業と暮らしを足元から支えながら、その供給がやはり一部の国に強く偏っている、ある特別な資源に目を向けます。第11話:レアアース・レアメタルと供給集中 へ続く。世界の産業がどんな素材の上に成り立ち、その偏りが私たちの資産に何をもたらすのか——引き続き一緒に見ていきましょう。

▶ 次の話:第11話 レアアース・レアメタルと供給集中

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