年金と聞くと、多くの人は「老後にもらうお金」を思い浮かべます。前回の第5話「繰上げ・繰下げ受給――受給開始年齢という”生涯利率”の決め方」でも、65歳以降の老齢年金をどう受け取るかという話を中心に扱いました。けれども公的年金には、老後を待たずに――つまり現役世代のうちに、私たちや家族を支えてくれる機能があります。それが今回のテーマ、遺族年金と障害年金です。シリーズ全体の地図は年金で学ぶ資産形成シリーズのハブページにまとめてありますので、必要に応じて行き来してください。
先に私の立場を申し上げます。私は4人の子を一人で育てている父親で、大家として20年、個人事業主として20年、投資家として20年やってきました。そして――妻を病気で亡くしています。今回の遺族年金の話は、私にとって制度解説である以上に、自分自身が当事者として向き合った領域です。だからこそ、感情的に煽るのではなく、できるだけ冷静に「制度がどこまで支えてくれて、どこからは支えてくれなかったか」を書きます。以下はあくまで私個人の見解であり、給付の可否や金額は加入歴・家族構成・初診日などによって大きく変わります。最終的な判断は必ずご自身の年金記録(ねんきんネット等)や年金事務所、必要に応じて社会保険労務士などの専門家の確認を踏まえて行ってください。
「老後だけの制度」ではない——現役を守る2つの年金
公的年金は、よく「老齢・遺族・障害」の3つの給付からなると説明されます。私たちが普段イメージするのは最初の「老齢年金」だけですが、残りの2つ――遺族年金と障害年金――こそが、現役世代にとっての本当のセーフティネットです。
私はこのシリーズの第1話で「年金は貯金ではなく保険として捉え直すべきだ」と書きました(第1話)。その意味がもっともはっきり表れるのが、この2つの給付です。考えてみてください。20代・30代・40代の働き盛りで、一家の大黒柱が亡くなったら。あるいは病気や事故で働けない体になったら。そのとき家族の生活はどうなるのか。民間の生命保険や就業不能保険を思い浮かべる人が多いでしょうが、その前に、すでに加入している公的年金が一定の保障を用意してくれているのです。
ここが極めて重要な点です。遺族年金も障害年金も、毎月の年金保険料の中に「保険料」として最初から含まれている。つまり私たちは、知らないうちに巨大な死亡保険・就業不能保険にすでに加入しているようなものなのです。にもかかわらず、その中身を正確に把握している人は驚くほど少ない。中身を知らなければ、本来は受け取れる給付を取りこぼしますし、逆に「公的保障では全然足りない」と思い込んで、必要以上に高い民間保険に入ってしまうこともあります。
私が妻を亡くしたあと、役所の窓口で遺族年金の手続きをしながら痛感したのは、「制度は黙っていてもお金を振り込んではくれない」という当たり前の事実でした。請求して、要件を満たしていることを証明して、はじめて支給される。知識がセーフティネットの目の細かさを決めるのです。だからこの記事では、まず制度の中身を正確に押さえ、その上で「公的保障を土台に民間保険をどう設計するか」という実務の話につなげていきます。
もう一つ、最初に整理しておきたい大きな構造があります。遺族年金も障害年金も、「基礎年金(国民年金)部分」と「厚生年金部分」の2階建てになっている、という点です。自営業・フリーランスなど国民年金だけの人は基礎年金部分だけ、会社員・公務員など厚生年金に加入している人は基礎年金+厚生年金の両方が対象になり得る。同じ「家族を亡くす」「働けなくなる」という出来事でも、亡くなった人・障害を負った人が自営だったか会社員だったかで、家族が受け取れる金額が大きく変わる。この2階建て構造を頭に入れておくと、以降の話がすっと理解できます。
遺族年金の中身(遺族基礎・遺族厚生/子の要件/自営と会社員の差)
遺族年金は、年金の被保険者(または受給者)が亡くなったときに、その人に生計を維持されていた家族へ支給される給付です。これも基礎と厚生の2階建てで、遺族基礎年金と遺族厚生年金に分かれます。
遺族基礎年金――「子のある世帯」を守る給付
遺族基礎年金は、国民年金から支給されます。最大の特徴は、受け取れるのが原則として「子のある配偶者」または「子」に限られるという点です。ここでいう「子」は、18歳到達年度の末日(高校卒業時)までの子、または20歳未満で障害等級1・2級の子を指します。逆に言えば、子がいない配偶者には遺族基礎年金は支給されません。これは「残された子の養育」を主眼に置いた給付だからです。
金額は定額方式で、年度ごとに改定される基本額に、子の人数に応じた加算が乗ります。子が1人の世帯、2人の世帯、3人の世帯と、子が多いほど加算が増える設計です。私のように子が複数いる家庭では、この子の加算が家計の支えとして意味を持ちます。重要なのは、子が一人ずつ高校を卒業して要件を外れていくと、その分の加算と、最終的には遺族基礎年金そのものが消えていく、という時限性です。遺族基礎年金は「子が育ち切るまで」の有期の給付だと理解しておく必要があります。
かつて遺族基礎年金は「子のある妻」にしか支給されませんでしたが、制度改正により、現在は「子のある夫」も受給できるようになりました。妻を亡くしたシングルファーザーである私が遺族基礎年金の対象になり得たのは、この改正のおかげです。父子家庭が制度の谷間に落ちていた時代を思うと、ここは確実に前進した部分だと感じています。
遺族厚生年金――会社員・公務員世帯の上乗せ
遺族厚生年金は、亡くなった人が厚生年金に加入していた(または受給していた)場合に、基礎部分に上乗せして支給されます。金額は、亡くなった人の老齢厚生年金の報酬比例部分のおおむね4分の3が目安です。つまり生前の給与水準が高く、加入期間が長かった人ほど、遺族に渡る厚生年金部分も大きくなります。
遺族厚生年金は、遺族基礎年金より受給できる遺族の範囲が広いのが特徴です。子のある配偶者・子だけでなく、子のない配偶者、さらに一定の要件のもとで父母・孫・祖父母なども対象になり得ます(優先順位あり)。ただし、この給付には妻と夫で扱いが異なる大きな男女差があり、しかも2025年の法改正でその差がようやく動き始めました。当事者として見過ごせない論点なので、次の項で詳しく取り上げます。
会社員世帯にはもう一つ、中高齢寡婦加算という仕組みがあります。遺族基礎年金が受け取れない(子がいない、または子が育って要件を外れた)一定年齢以上の妻に対して、遺族厚生年金に一定額を上乗せするものです。遺族基礎年金が「子が育つまで」で切れたあと、配偶者の生活が急に細らないよう橋渡しする給付だと理解すると位置づけが見えてきます。
遺族厚生年金の「男女差」――受給資格・金額・期間のすべてに差がある
ここで、当事者として強く伝えておきたいのが、遺族厚生年金には小さくない男女差があるという事実です。同じ「配偶者を亡くした」という状況でも、残されたのが妻か夫かで、そもそも受給できるか・いくらか・いつまで受け取れるかが変わってきました。子のない配偶者のケースで、現行制度の差を整理すると次のようになります。
| 比較項目(子のない配偶者) | 残されたのが妻(女性) | 残されたのが夫(男性) |
|---|---|---|
| そもそも受給できるか | 年齢を問わず受給できる | 妻の死亡時に55歳以上でなければ受給資格なし |
| 受け取れる期間 | 原則は終身(ただし30歳未満で子のない妻は5年間の有期) | 受給資格があっても支給開始は60歳から |
| 中高齢寡婦加算(年約63万円) | 要件を満たせば加算あり | 該当する加算はなし |
つまり受給資格・金額・期間のいずれの面でも、これまでは妻(女性)が手厚く、夫(男性)は不利でした。若くして妻を亡くした夫は、子のある間は遺族基礎年金を受け取れても、子が育ち切ったあとに残るはずの遺族厚生年金は、そもそも「55歳」という受給資格の壁に阻まれて残らない――これが従来の姿です。私自身は自営業者で遺族厚生年金の対象ではありませんが、会社員のシングルファーザーがこの男女差に直面する構図は、制度の谷間として見過ごせないと感じています。
この男女差は、2025年(令和7年)に成立した年金制度改正法によって、ようやく是正へ向かいます(施行は2028年4月の予定)。柱は、男性の「55歳以上」という受給資格の壁が撤廃され、20~50代の夫も新たに受給できるようになること。ただしその給付は原則5年間の有期給付という形に整理され、あわせて女性側も、子のない配偶者は有期給付の対象年齢が段階的に引き上げられていきます。妻のみに付いていた中高齢寡婦加算も、2028年4月以降に新たに対象となる人から、およそ25年をかけて段階的に縮小・廃止される予定です。
ただし、この”是正”の中身は、手放しで喜べるものではありません。たしかに不利だった男性(夫)の受給資格は広がりますが、全体としては男性を女性並みに引き上げるというより、これまで手厚かった女性(妻)の給付を削って、水準の低い男性側にそろえるという色合いが濃いのです。子のない妻の終身給付は有期給付へと狭められ、妻だけにあった中高齢寡婦加算も段階的に廃止される――つまり”平等化”の相当部分が、女性側の給付縮小(実質的な改悪)によって達成される構図になっています。「男女差の是正」と聞くと男性が女性の水準まで引き上げられるイメージを抱きがちですが、実態はむしろその逆に近い面がある。ここは冷静に見ておきたいところです。
もう一つ注意したいのは、非常に長い経過措置が置かれることです。制度が完全にそろうまでには20年以上の移行期間があり、いつ・何歳で配偶者を亡くしたかによって、当面は男女で受給内容に差が残り続けます。「差は縮小に向かうが、すぐに完全に消えるわけではない」――ここも正確に押さえておきたい点です。
なお、この「男性(夫)の側が後回しにされてきた」という非対称は、遺族年金に限った話ではありません。税の世界でも、配偶者と死別・離別した人の所得控除は、女性向けの寡婦控除が先に整えられ、男性向けの寡夫控除は後から、しかも低めの控除額・所得制限つきという厳しい条件で導入されるという男女差がありました。これがようやく解消されたのは2020年(令和2年)で、両者を統合したひとり親控除が創設され、性別や婚姻歴による差がほぼなくなりました。年金でも税でも、ひとり親をめぐる制度は「まず女性(妻)を想定して設計され、男性(夫)は後追いで整備される」という共通の歴史をたどってきた――当事者として、ここは覚えておきたい点です(税の詳細はひとり親控除・シングルファーザーの節税ガイドで解説しています)。
ただし、このひとり親控除も、適用の条件はかなり厳しいのが実情です。まず本人の合計所得金額が500万円(給与収入なら約678万円)を超えると、控除は一切受けられません。対象となる「子」も、その子自身の所得が一定額以下であることが条件で、子がアルバイトなどで一定以上に稼ぐと、親はひとり親控除を失います。さらに、婚姻届を出していなくても、事実上のパートナーと同居していれば対象外です。ひとり親を支えるための控除でありながら、所得の上限も、子や同居をめぐる要件も細かく厳しく、ここでも「制限ラインの近傍にいる、決して余裕のない世帯」がふるい落とされやすいという、先ほどの所得制限とまったく同じ構図が見てとれます。
さらに言えば、残された子どもの人数が、金額にまったく反映されない制度もあります。たとえば先ほどのひとり親控除は、子が1人でも4人でも控除額は同じ35万円です(”子が1人以上いるかどうか”だけで判定されます)。遺族厚生年金も、亡くなった人の生前の報酬をもとに額が決まる仕組みのため、残された子が何人いても金額は変わりません(子の人数に応じて加算されるのは、遺族基礎年金や児童扶養手当の側です)。4人の子を育てている立場からの実感として、子ども1人と4人とでは、生活費も教育費もまるで違います。にもかかわらず、その人数の差が支えの大きさに反映されない制度が確かにある――これも、当事者にならないと気づきにくい限界のひとつだと感じています。
自営業者と会社員の決定的な差
ここが、私が最も声を大にして伝えたい部分です。同じ年収帯でも、自営業(国民年金のみ)と会社員(厚生年金)とでは、万一のとき家族が受け取れる遺族年金の額がまるで違う。
| 亡くなった人の立場 | 子のある世帯 | 子のいない配偶者 |
|---|---|---|
| 自営業・フリーランス(国民年金のみ) | 遺族基礎年金のみ(子が育つまで有期) | 原則なし(寡婦年金・死亡一時金等の限定的給付のみ) |
| 会社員・公務員(厚生年金) | 遺族基礎年金+遺族厚生年金 | 遺族厚生年金(+中高齢寡婦加算の対象になり得る) |
自営業者の世帯は、子がいる間は遺族基礎年金が出ますが、子が育ち切ればそれも止まり、配偶者には原則として継続的な遺族年金が残りません。一方、会社員世帯は子の有無にかかわらず遺族厚生年金という終身の土台が残る。私は20年来の個人事業主ですが、この「自営は遺族保障が薄い」という現実こそ、自営業者が民間の死亡保障や資産形成を、会社員より一段厚めに自前で用意しなければならない最大の理由だと考えています。制度の手厚さの差を、自分の準備の厚さで埋める。これは精神論ではなく、構造から導かれる必然です。
障害年金の中身(等級・初診日・働きながら受給)
障害年金は、病気やけがで一定以上の障害が残り、生活や仕事に支障が出たときに支給される給付です。これも障害基礎年金と障害厚生年金の2階建てです。遺族年金が「亡くなったとき」の保険なら、障害年金は「働けなくなったとき」の保険。現役世代にとっては、ある意味こちらのほうが身近かもしれません。死は確率として遠くても、病気やけがで働けなくなるリスクは誰にでもあるからです。
等級――何級でいくら出るか
障害の重さは「障害等級」で判定されます。障害基礎年金は1級・2級の2段階。障害厚生年金はそれに加えて、より軽度の3級、さらに一時金としての障害手当金があり、対象範囲が広いのが特徴です。1級は2級のおおむね1.25倍の額になります。さらに障害基礎年金には、生計を同じくする子がいる場合の加算があり、障害厚生年金の1・2級には配偶者の加給が付く場合があります。ここでも、会社員(厚生年金)のほうが対象等級が広く、給付も手厚いという構造は遺族年金と共通しています。
| 等級 | 障害基礎年金(国民年金) | 障害厚生年金(厚生年金) |
|---|---|---|
| 1級 | あり(2級の約1.25倍)+子の加算 | あり+配偶者加給 |
| 2級 | あり+子の加算 | あり+配偶者加給 |
| 3級 | なし | あり(最低保障額あり) |
| 障害手当金(一時金) | なし | あり |
この表からも、自営業・フリーランスの保障の薄さがはっきり見えます。国民年金だけの人は3級相当の障害では年金が出ない。比較的軽度の障害で働きづらくなっても、公的年金からの支えがない領域があるのです。ここも自営業者が自前の備えを厚くすべき理由になります。
初診日――すべての出発点になる日
障害年金で最も重要かつ、最もつまずきやすいのが「初診日」です。初診日とは、その障害の原因となった病気やけがで初めて医師の診療を受けた日を指します。なぜこれが決定的かというと、第一に初診日にどの年金制度に加入していたかで、障害基礎年金だけになるか、障害厚生年金まで受け取れるかが決まるからです。会社員時代に発症して初めて受診していれば厚生年金部分も対象になりますが、退職後・自営になってからの初診なら基礎年金部分だけ、ということが起こります。
第二に、初診日の前々月までの一定期間で保険料納付要件(きちんと保険料を納めていたか、または免除されていたか)を満たしている必要があります。未納期間が多いと、いざというとき障害年金そのものが受け取れない。これは、保険料の納付や免除申請を軽く考えてはいけない、極めて実務的な理由です。「払えないなら、せめて免除や猶予の手続きだけはしておく」――この一手間が、将来の障害年金・遺族年金の受給資格を守ります。私はこのシリーズで何度か「未納だけは避けてほしい」と書いてきましたが、その根拠の大きな部分がここにあります。
初診日の証明は、数十年前のカルテが残っていない、当時の病院が廃院になっている、といった理由で難航することが少なくありません。だからこそ、自分や家族の通院記録・診断書・領収書の類は、軽々に捨てないほうがいい。私はこれを経験的に学びました。
働きながらでも受給できる
誤解が多い点ですが、障害年金は働いていても受給できる場合があります。特に障害厚生年金3級などは、就労しながら受け取っているケースが珍しくありません。「働けるなら年金は出ない」と思い込んで請求をあきらめてしまう人がいますが、それは正確ではない。障害の程度の判定は、収入の有無だけで機械的に決まるわけではなく、日常生活や労働の制約の度合いを総合的に見ます。体調を抱えながら働き続けている人ほど、まず請求できるかどうかを確認する価値があります。
妻を亡くした私が制度に救われた・足りなかった実感
ここからは、私自身の話を少しだけさせてください。誇張も悲劇化もせず、事実として書きます。
妻を病気で亡くしたとき、私は深い悲しみの只中で、同時に「明日からの4人の子の生活をどう回すか」という極めて現実的な問題に直面していました。葬儀、各種の名義変更、子どもたちの心のケア――やるべきことが山積する中で、年金事務所での遺族年金の手続きは、正直に言えば後回しになりがちな作業でした。けれども、結果的にこの手続きが、その後の生活の地面を一段固めてくれたのは確かです。
救われた、と感じた部分から書きます。子のある世帯として遺族基礎年金を受け取れたこと、そしてそこに子の人数分の加算が乗ったことは、月々の家計にとって小さくない支えになりました。とりわけ、収入が一時的に不安定になりやすい喪失直後の時期に、定額のキャッシュフローが確実に入ってくる安心感は、金額の大小以上の意味がありました。「国の制度が、子を育てる前提で設計されている」――その事実が、ひとり親になった私にとって精神的な支えにもなったのです。前述のとおり、かつては父子家庭が対象外だった時期もあった中で、改正によって父である私も受給できたことには、率直に救われたと思っています。
一方で、足りなかった、と感じた部分も正直に書きます。一つは、遺族基礎年金が有期の給付だということです。子が一人ずつ育ち、高校を卒業して要件を外れるたびに加算が減り、最終的には遺族基礎年金そのものが終わる。手続きをした時点では実感が薄くても、「この支えはいつか確実に細っていく」という時限性は、長期の家計設計の前提に組み込んでおく必要がありました。私は自営業者なので、会社員世帯のように遺族厚生年金という終身の土台が分厚く残るわけではない。子が育ち切った後の保障は、基本的に自分で用意したものでまかなう――この構造を、手続きの過程ではっきり自覚させられました。
もう一つ痛感したのは、最初に書いた通り「制度は請求しなければ動かない」ということです。要件を満たしていても、自分で書類を揃え、生計維持の関係を証明し、窓口に出して初めてお金は動き始める。悲しみで何も手につかない時期に、これらを正確にこなすのは想像以上に負担でした。だからこそ私は、当事者になる前の今この瞬間に、家族で「もしもの時、何が出て、どこへ何を持って行けばいいか」を共有しておくことの大切さを、強く思うようになりました。知識は、悲しみの渦中にいる未来の自分や家族への、もっとも実用的な贈り物です。
この経験を経て、私の中で公的年金の位置づけは決定的に変わりました。それまで「老後にもらうもの」だった年金が、「現役の今、家族の地面を支えている保険」へと姿を変えた。この実感が、次に書く民間保険の設計思想に直結しています。
もう一つの見えにくい壁――「所得制限」と物価のズレ
制度を当事者として見てきて、もう一つ問題提起しておきたいことがあります。それはひとり親家庭を支える各種の「所得制限」が、定められた当時から大きくは動かず、いまの物価や生活費の水準に追いついていないのではないか、という点です。
年金の側にも所得の要件はあります。遺族年金を受け取るには、遺された側の前年収入が原則850万円未満(所得ベースで655万5千円未満)という生計維持要件があります。この850万円という基準額は1994年(平成6年)の改正で定められて以来、30年ほどほとんど据え置かれてきました(それ以前は600万円でした。なお、この収入要件自体は、2028年施行予定の改正で、子のない配偶者については撤廃される方向です)。ただ、私がより切実に問題だと感じるのは、年金そのものよりも、ひとり親家庭を日々支える給付の所得制限のほうです。
代表的なのが児童扶養手当や、自治体ごとのひとり親家庭への支援(医療費助成など)です。これらには所得制限が設けられていますが、その水準は物価や教育費の上昇に対して動きが鈍く、少し働いて収入が増えると、支援が減額・停止される設計になっています。問題は、その所得制限の近傍にいる世帯は、決して余裕のある暮らしをしているわけではないということです。制限ラインをわずかに超えたからといって、支援を失った状態で、子どもに不自由をさせずに生活できるかというと――現実にはとても厳しい。ひとり親が「もう少し働いて収入を上げよう」とするほど、かえって手取りの支えが細ってしまう。この”働き損”に近い構造は、子育て世帯の自立を後押しするどころか、むしろ足を引っぱりかねません。
もっと言えば、この所得制限の上限は、共働きで平均的な年収を得ている夫婦の子育て世帯を思い浮かべても、決して余裕のある水準ではありません。二人で働いてようやく届くくらいの世帯収入であっても、ひとり親の場合は一人でそこに近づいた途端に支援が細っていきます。そもそもひとり親は、子育てと家事を分担できる相手がいないぶん、働きに出られる時間そのものに構造的な制約があります。フルタイムで長く働きたくても、保育園のお迎えも、子どもの急な発熱への対応も、日々の家事も、すべて一人で抱える。仕事に充てられる時間の限界、家事・育児の負担、そして心の負担――本来はここを支えることこそ目的のはずなのに、所得制限をはじめとする”条件つき”の支援では、その構造的なハンディを十分に埋めきれていない、というのが当事者としての率直な実感です。制度が「一定の枠に収まる人だけ」を助ける設計である限り、いちばん時間と手が足りていない世帯ほど、かえってこぼれ落ちてしまう場面があるのです。
年金にせよ、地域のひとり親支援にせよ、所得制限の水準を、いまの物価・生活実態に合わせて定期的に見直していくこと。これは、制度の恩恵と限界の両方を当事者として経験した私が、切実に願っている点です。もちろん本記事の本筋は「制度を正しく知って使い、足りない分は自分の準備で埋める」という自助の設計にあります。ただ、その前提として、公的な支えの側にも改善の余地は確かに残っている――そのことも、あわせて記しておきたいと思います。
公的保障を土台に、民間保険を「引き算」で設計する
ここまで読んでくださった方には、もう結論が見えているかもしれません。民間保険は、足し算ではなく引き算で設計する。これが、当事者を経験した投資家としての私の到達点です。
多くの人は保険を「足し算」で考えます。万一が不安だから、死亡保障を上乗せし、医療保障を上乗せし、就業不能保障を上乗せする。営業の言うままに積み上げれば、保障は手厚くなる一方で、保険料という固定費は際限なく膨らみます。けれど正しい順序は逆です。まず公的保障という土台がどこまであるかを把握し、そこから足りない分だけを民間保険で補う。これが引き算の設計です。
具体的な手順は、こうなります。
- ① 公的保障の棚卸し:自分が亡くなったら遺族にいくら(遺族基礎+遺族厚生)が、いつまで出るのか。働けなくなったら障害年金がいくら出るのか。ねんきんネットや年金事務所で、自分の数字を把握する。会社員か自営かで土台の厚さがまるで違う、というのは前述のとおりです。
- ② 必要保障額の計算:遺された家族の生活費・教育費・住居費の総額から、公的保障で出る分と、すでにある資産(預貯金・運用資産・不動産)を差し引く。残った差額が、本当に民間保険で埋めるべき金額です。
- ③ 差額だけを掛け捨てで:埋めるべき差額が見えたら、それを最も安く埋める手段(多くの場合は割安な掛け捨ての定期保険・収入保障保険)で過不足なくカバーする。貯蓄性をうたう割高な保険で代用しない。
この引き算をすると、たいていの人は「思っていたより民間保険は少なくて済む」という結論にたどり着きます。とりわけ会社員世帯は、遺族厚生年金という終身の土台があるぶん、必要な死亡保障は意外に小さい。逆に自営業者は土台が薄いので、その差を埋めるぶん民間保障を厚めに取る――この調整が、構造に基づいた合理的な保険設計です。
そして、ここがこのシリーズで私が一貫して伝えたいことに直結します。引き算で保険を見直すと、ほぼ確実に保険料という固定費が浮きます。私自身、公的保障の中身を正確に把握し直したことで、過剰だった保障を削り、毎月の保険料をかなり圧縮できました。そしてその浮いた保険料を、投資に回す。これが、私の家計設計の背骨です。
保険料は、多くが掛け捨ての固定費です。複利の観点で言えば、固定費は何も生まないどころか、運用に回せたはずの資金を毎月確実に削り取っていく。私は普段、借金については慎重派で「複利は借り手側では絶対に敵に回さない」と言い続けていますが、過剰な保険料という固定費も、これと似た「静かに資産形成を蝕む流出」です。逆に、その流出を止めて投資に振り向ければ、複利は受け取る側・運用する側で味方になります。公的保障で守られている前提を正しく認識し、過剰保障を削り、浮いた保険料を長期の投資に回す。守りを公的年金という分厚い土台に任せられるからこそ、攻めの資金を確保できる。この攻守の役割分担こそ、年金制度を学ぶことが資産形成に直結する理由です。
誤解しないでいただきたいのは、これは「保険は不要だ」という話では決してありません。私は当事者として、公的保障だけでは埋まらない穴があることを身をもって知っています。だからこそ、不要な保障は削る一方で、本当に必要な差額の保障は、割安な手段でしっかり確保する。削るべきを削り、残すべきを残す。その線引きを正確に行うために、公的年金の中身を知る必要があるのです。
まとめ
遺族年金と障害年金は、年金が「老後のお金」ではなく「現役を含めた家族の保険」であることを、もっともよく表す制度です。要点を振り返ります。
- 公的年金は老齢・遺族・障害の3つからなり、後者2つは現役世代のセーフティネット。保険料の中に死亡保険・就業不能保険が最初から含まれている。
- 遺族基礎年金は「子のある世帯」を子が育つまで支える有期の給付。父子家庭の父も受給できる。遺族厚生年金は会社員世帯の上乗せで、遺族の範囲も広い。
- 障害年金は初診日が出発点。初診日にどの制度に加入していたか、保険料納付要件を満たしているかが運命を分ける。働きながら受給できる場合もある。
- 遺族・障害のいずれも自営業(国民年金のみ)は保障が薄く、会社員(厚生年金)は手厚い。自営はその差を自前の備えで埋める必要がある。
- 民間保険は足し算でなく引き算で。公的保障という土台を把握し、足りない差額だけを割安に補い、浮いた保険料を投資へ回す。
繰り返しになりますが、本記事は私個人の見解であり、給付の可否や金額はあなたの加入歴・家族構成・初診日によって変わります。妻を亡くした経験から私が学んだのは、制度は知っていて初めて使えるものであり、知識こそが家族を守る一番の備えになる、ということでした。まずはご自身の遺族・障害の見込みを確認するところから始めてみてください。
このシリーズを最初から読みたい方は第1話「そもそも年金とは何か――”保険”として捉え直す」から、全体像は年金で学ぶ資産形成シリーズのハブページへ。年金以外のテーマも含めた資産形成全体の入り口は資産形成の統合ハブにまとめています。
そして次回――今回は「もしもの時の保険」としての年金を扱いましたが、次は逆に、自営業者やフリーランスが自分の年金を能動的に増やすための仕組みに踏み込みます。月数百円から始められて、しかも費用対効果が抜群の「付加年金」と、上乗せの本命「国民年金基金」。この二つは併用できないため、どちらを選ぶかの判断が要になります。第7話:付加年金と国民年金基金の使い分け へ続きます。


