巨大市場という強さ|規模が生む引力・中国から学ぶ資産形成シリーズ第10話

投資・資産運用

「大きいことは、それだけで強い」——投資の話をしていると、つい忘れがちなこの当たり前の事実を、私は折に触れて思い出すようにしています。優れた技術、優れた経営者、優れた商品。私たちはそういう「中身の強さ」にばかり目を奪われます。けれど、二十年投資をやってきて私が痛感するのは、中身と同じくらい、いや、ときにそれ以上に「規模」がものを言う、ということです。とりわけ国というスケールで考えるとき、面積・人口・市場の「大きさ」そのものが、抗いがたい引力を生み出します。今回は、その「巨大さという強さ」を、中国を題材に考えていきます。

このシリーズも第10話になりました。前回の第9話では「強いリーダーはプレミアムでありリスクでもある」というお話をしました。一人のカリスマに依存する組織のもろさを見たあとで、今回は視点を逆方向へ——個人ではなく「市場そのものの大きさ」という、誰か一人に左右されない強さに目を向けます。シリーズ全体の流れは中国から学ぶ資産形成シリーズのハブページにまとめてありますので、はじめての方はそちらもどうぞ。

あらかじめお断りしておきます。私は経済の専門家でも国際政治の専門家でもありませんし、中国という国の体制や政策を称賛したり非難したりするつもりは一切ありません。称賛でも非難でもなく、中立的に「規模という事実から何が学べるか」という態度で向き合います。以下はすべて私個人の見解であり、特定の国や銘柄への投資を勧めるものではありません。お金や資産にかかわる判断は、最後はご自身の責任で、よく調べたうえで下してください。

面積・人口・市場規模——数字で見る「巨大」

まずは、感覚ではなく数字で「巨大さ」を確かめておきましょう。中国の国土面積は、おおよそ960万平方キロメートルとされます。これはロシア、カナダに次ぐ世界有数の広さで、アメリカとほぼ同等の規模です。北は冷涼な地域から南は亜熱帯まで、内陸の砂漠から沿岸の港湾都市まで、ひとつの国の中にまるで複数の国を抱え込んだような多様な地理を持っています。この「広さ」だけでも、すでに一つの強さです。資源の産地も、農業に適した土地も、工業に向いた地域も、観光資源も、すべてが国内にそろう。広いということは、それだけ国内で完結できる要素が多いということなのです。

次に人口です。中国の人口はおよそ14億人とされ、長らく世界最大でした。近年はインドに抜かれたとも報じられますが、いずれにせよ「10億人を超える規模」であることに変わりはありません。この数字が何を意味するか。日本の人口がおよそ1億2千万人ですから、中国の人口はその10倍を超える計算になります。10倍。これは「少し多い」という話ではありません。桁が違う、ということです。働き手の数も、消費者の数も、納税者の数も、すべてが日本の10倍超のスケールで動いている。この一点だけでも、経済というゲームにおいて、中国がどれほど特異な存在かが分かります。

そして市場規模です。経済の大きさを測るGDPで見れば、中国はアメリカに次ぐ世界第二位の規模を持つとされます。一人あたりで見れば先進国にはまだ及ばないものの、「14億人 × 一人あたりの経済力」という掛け算が生み出す総量は、もはや世界経済を語るうえで無視できない巨大なかたまりになっています。私がここで強調したいのは、「総量」と「一人あたり」を分けて見る視点です。一人あたりが豊かでなくても、頭数が圧倒的に多ければ、総量は巨大になる。逆に一人あたりが豊かでも、頭数が少なければ、総量には限界がある。国というスケールで市場を考えるとき、この「頭数 × 単価」の掛け算が、すべての出発点になるのです。

もう一つ、規模を考えるときに私が必ず思い出すのが「規模の経済」という考え方です。同じものを大量に作れば、一つあたりのコストは下がる。工場も、物流も、研究開発も、巨大な国内市場を相手にすればするほど効率が上がります。たとえば、ある製品を100万個作る国と、1億個作る国とでは、一個あたりにかけられる設備投資も、こなれたコストも、まるで違ってくる。巨大な人口は、単に「客が多い」だけでなく、「安く大量に作れる」という供給側の強さにも直結するのです。需要と供給の両面で、規模は効いてくる。私が二十年事業をやってきて骨身にしみているのは、結局のところ「数をこなせる者が強い」というシンプルな真実です。それが国というスケールになると、桁違いの威力を持つわけです。

数字を並べると無味乾燥に見えるかもしれませんが、私はこの数字の裏にある「意味」を読み解くのが、投資家としての仕事だと思っています。960万平方キロメートルという広さは、国内での自給と多様性を意味する。14億人という人口は、巨大な労働力であると同時に、巨大な消費市場を意味する。世界第二位の経済規模は、世界中の企業がこの市場を無視できないことを意味する。数字は単なる数字ではなく、それぞれが「引力」を生み出す源なのです。次の節では、この巨大な人口がもたらす「内需」という強さを、もう一歩掘り下げてみます。

内需14億人という参入障壁にして魅力

「内需」という言葉があります。国内の需要、つまり自国の中だけで生まれる消費や投資のことです。私が中国という国を見るとき、その最大の強さの一つが、この「巨大な内需」だと考えています。14億人が日々、食べ、着て、住み、移動し、学び、楽しむ。その一つ一つが需要であり、それが14億人分積み重なると、想像を絶する規模の市場になります。

巨大な内需が持つ意味を、二つの面から考えてみましょう。一つは「企業にとっての魅力」です。たとえば、ある商品が国民の1%にしか売れなかったとします。日本なら120万人ですが、中国なら1400万人。たった1%の差が、これほど違う。だからこそ、世界中の企業が「中国市場で1%でもシェアを取れれば」と夢を見る。巨大な人口は、企業にとって、それ自体が抗いがたい魅力なのです。小さな成功率でも、母数が大きければ、絶対量は莫大になる。これが内需14億人の「魅力」の側面です。

もう一つは、意外に思われるかもしれませんが「参入障壁」としての側面です。巨大な内需は、それ自体が外からの脅威に対する盾になります。仮に外国との貿易が滞っても、国内市場が十分に大きければ、自国の企業は国内だけでもある程度やっていける。輸出に依存する小国は、世界経済の波に翻弄されやすいですが、巨大な内需を持つ国は、外の嵐をある程度国内で吸収できる。これは経済の「打たれ強さ」につながります。私は事業を二十年回してきましたが、特定の取引先一社に売上を依存している事業がいかに脆いかを、嫌というほど見てきました。逆に、多数の小口の客に支えられた事業は、一社が抜けてもびくともしない。国の経済も同じで、巨大な内需は「分散された客基盤」のような安定をもたらすのです。

さらに、巨大な内需は、自国企業に「練習場」を提供します。まず広大な国内市場で鍛えられ、規模の経済を効かせてコストを下げ、競争のなかで力をつけた企業が、やがて世界に打って出る。国内市場が小さい国の企業は、最初から世界で戦わざるを得ず、それはそれで鍛えられますが、巨大な内需を持つ国の企業は、いわば「ホームグラウンドで十分に鍛えてから遠征に出られる」という有利さを持つのです。これも、規模が生む見えにくい強さの一つだと私は見ています。

ただし、内需の大きさは「良いことばかり」ではありません。巨大な国内市場は、ときに企業を内向きにし、外の変化に鈍感にさせることもあります。国内だけで十分にやっていけると、世界標準から取り残されるリスクもある。規模は強さですが、その強さに安住すると弱さにも転じうる——前回の「強さは危うさの種でもある」という話と、ここでもつながってきます。それでも総じて言えば、14億人という内需は、企業を引き寄せ、経済を打たれ強くする、強力な引力の源であることは間違いありません。

日本との国土・人口・市場の差

巨大さを実感するには、比較が一番です。私たちが暮らす日本と並べてみましょう。私は日本という国を愛していますし、その繊細さや質の高さを誇りに思っています。けれど投資家として冷静に「規模」だけを見たとき、日本と中国の間には、埋めようのない差があるのも事実です。

国土面積で見れば、日本はおよそ38万平方キロメートル。中国の960万平方キロメートルに対して、25分の1ほどです。しかも日本は山がちで、平地が少ない。人口で見れば、日本のおよそ1億2千万人に対して、中国は14億人前後。10倍以上の開きです。市場規模で見れば、GDPの総量で中国は日本を大きく上回ります。かつて日本は世界第二位の経済大国でしたが、その座はとうに譲り渡しました。これは寂しい事実ですが、目をそらしても始まりません。

ここで私が強調したいのは、「だから日本はダメだ」という話ではない、ということです。規模の差は、戦い方の差を意味するにすぎません。小さな国には、小さな国なりの勝ち筋があります。日本の強みは、規模ではなく「質」にある。高い技術力、緻密なものづくり、信頼性、文化的な独自性。これらは頭数では測れない価値です。規模で勝てないなら、質で勝つ。ニッチで勝つ。世界中に少数しかいない、けれど確実に求められる「尖った価値」を提供する。これが、巨大市場を持たない国の生存戦略です。

これは、個人の資産形成にもそっくり当てはまる教訓だと私は思っています。資産規模で大富豪に勝てるはずがない。私のような一介の市井の人間が、桁違いの資金力を持つ人々と同じ土俵で殴り合っても勝ち目はありません。けれど、規模で勝てなくても、戦い方で生き残ることはできる。コツコツ積み立て、分散し、時間という味方をつけ、無理な勝負を避ける。大きさで勝てないなら、賢さと粘り強さで勝つ。日本という小さくも質の高い国の生き方は、規模を持たない個人投資家の生き方と、どこか重なって見えるのです。

私自身の話をすれば、妻を病で見送り、四人の子を一人で育てる立場になったとき、私は「規模では勝てない」という現実を、いやというほど突きつけられました。共働きで二人分あった収入は一人分になり、それでいて育てる子どもの数は変わらない。資金力という「規模」で見れば、私の家計はむしろ縮んだのです。けれど、私はそこで「規模が小さいなら、設計で勝つしかない」と腹をくくりました。一度に大きく賭けるのではなく、毎月少しずつ、淡々と積み立てる。値動きに一喜一憂せず、世界中に分散しておく。派手さはありませんが、規模で劣る者が長く生き残るには、これしかない。中国という巨大な国を眺めながら、私はいつも自分の小さな家計のことを重ねて考えてしまうのです。大きさは羨ましい。けれど、大きさがなくても、戦い方次第で道は開ける——そう信じています。

もう一つ、日本との比較で見落としてはならないのが「人口動態」です。規模そのものだけでなく、その規模が「増えているのか減っているのか」が、未来の市場を大きく左右します。日本は人口減少と高齢化が進んでいます。中国もまた、近年は少子高齢化の兆しが指摘されています。つまり「巨大さ」は現在の事実であっても、未来永劫続く保証はない。規模を見るときは、現在の絶対量だけでなく、その変化の方向も併せて見る。これは、どの国の市場を考えるときも忘れてはならない視点だと、私は自分に言い聞かせています。

巨大市場が外資・グローバル企業を引き寄せる構造

さて、ここからが今回の核心に近づいていきます。巨大な市場は、なぜそれほどまでに「引力」を持つのか。その構造を、企業の立場に立って考えてみましょう。

世界中のグローバル企業にとって、成長とは「より多くの顧客に、より多くの商品を売ること」です。先進国の市場は、すでに成熟していて、人口も伸びず、需要も飽和に近い。そんななかで、14億人という巨大な人口を抱え、しかも経済が成長してきた市場があれば、企業がそこに殺到するのは当然です。自動車も、スマートフォンも、化粧品も、ブランド品も、食品も、世界の名だたる企業が「中国市場でどれだけ売れるか」を経営の最重要課題に据えてきました。巨大市場は、企業にとって「成長の最後のフロンティア」のように映るのです。

この引力の正体は、結局のところ「掛け算の魔力」です。商品単価が小さくても、買う人の数が桁違いに多ければ、売上総額は莫大になる。先ほどの「1%でも1400万人」の話の通りです。企業の決算は絶対額で評価されますから、母数の大きさは何にも代えがたい魅力になる。だから、政治的・文化的なリスクを承知のうえでも、企業は巨大市場に進出する。リスクを取ってでも取りに行きたくなるほどの引力が、規模そのものから生まれているのです。

ここで私が投資家として注目するのは、「巨大市場に食い込めた企業」の強さです。世界には、売上の相当部分を巨大市場から得ている先進国企業が、いくつもあります。そういう企業は、巨大な人口の成長を、自社の成長として取り込んでいる。母国の市場が成熟していても、巨大市場での伸びがそれを補い、企業全体としては成長を続けられる。つまり、巨大市場の引力は、その国の企業だけでなく、その市場に食い込んだ世界中の企業にも、恩恵を分け与えているのです。

もちろん、巨大市場への依存にはリスクもあります。一つの巨大市場に売上を頼りすぎれば、その市場の政策変更や景気後退、規制強化に企業がもろに揺さぶられる。前回お話しした「一極依存のもろさ」が、ここでも顔を出します。だからこそ、賢い企業は巨大市場の恩恵を受けつつも、複数の市場に分散して、どこか一つが揺れても全体は持ちこたえられるようにしている。巨大市場は魅力的な引力ですが、その引力に呑み込まれすぎないバランス感覚もまた、企業の強さを測る物差しになるのです。

こうして見ると、巨大市場という強さは、「その国の中だけで完結する話」ではないことが分かってきます。巨大市場の引力は国境を越え、世界中の企業を巻き込み、その成長を世界中に再分配していく。この「再分配の構造」こそが、私たち個人投資家にとって、実は最も重要な論点になります。次の最後の節で、そこに踏み込みましょう。

「中国を売上に取り込む先進国企業」という間接的な投資ルート

ここまで読んで、こう感じた方もいるかもしれません。「巨大市場がそんなに魅力的なら、その国の株を買えばいいのでは?」と。けれど私は、個人的にはその道を勧めません。誤解のないように言えば、特定の国の株を買うことを否定しているのではありません。ただ、巨大市場の成長の恩恵を受けたいだけなら、もっと間接的で、私にとっては安心感のあるルートがある、という話です。

そのルートとは、「巨大市場の売上を取り込んでいる先進国のグローバル企業を、広く保有する」という方法です。具体的にイメージしやすいのは、世界中の株式に幅広く分散投資する、いわゆる全世界株式のインデックス——よく「オルカン」などと呼ばれるものです。この中には、先進国を代表する多数のグローバル企業が含まれています。そして、そうしたグローバル企業の少なからぬ数が、巨大市場での売上を、自社の成長に取り込んでいるのです。

つまり、こういうことです。私が全世界株式のインデックスを保有していれば、その中に含まれる先進国企業が、巨大市場で稼いだ利益が、めぐりめぐって私の資産の成長に貢献してくれる。私は中国の個別企業を一社も選ばなくても、中国の巨大市場の成長を、先進国企業という「フィルター」を通して、間接的に取り込めるわけです。これが、私の考える「間接的な投資ルート」です。

なぜ私が、この間接ルートを好むのか。理由は、これまでこのシリーズで一貫して述べてきた「分散」と「リスク管理」に尽きます。特定の国の個別株を直接買えば、その国固有のリスク——政策の急変、規制、為替、情報の不透明さ——を、自分が丸ごと背負うことになります。私は四人の子の教育資金を預かる身として、自分で読み切れないリスクを丸抱えする勝負を、できるだけ避けたい。一方、全世界株式のインデックスを通せば、巨大市場の成長は取り込みつつ、その市場固有のリスクは、世界中の他の市場や企業によって薄められます。良いとこ取り、と言ってしまえば語弊がありますが、リスクとリターンのバランスとしては、私にはこちらのほうがずっと納得がいくのです。

さらにこの方法のいいところは、「どの国が伸びるか」を当てに行かなくていい点です。巨大市場の主役が、今後どの国に移っていくのかは、誰にも正確には読めません。インドかもしれないし、東南アジアかもしれないし、アフリカのどこかかもしれない。けれど、全世界に分散して投資していれば、どこが次の巨大市場になろうと、そこで稼ぐグローバル企業を自動的に保有していることになる。私は「次の巨大市場を当てる」という難しいゲームから降りて、「どこが伸びてもその恩恵を受けられる」という設計に乗っている。これは、規模という大きな引力に、無理なく相乗りする方法だと思っています。

借金と複利についても、軽く触れておきます。巨大市場の成長期待に乗せられて、借金をしてまで一国に集中投資するのは、私が最も避けたい行動です。借金は、確実にそのコストを上回って増やせる見込みがあるときにだけ意味を持つ、例外的な道具にすぎません。一国の未来という本質的に読み切れないものに、借金のコストを上乗せして賭けるのは、複利を敵に回す行為です。複利は、焦らず、世界中に分散した資産を、時間をかけて育てるときにこそ味方になる。巨大市場の引力は、急いで一点買いするためのものではなく、分散の網のなかに静かに取り込んで、長く育てるためのものなのです。

まとめ——巨大さという引力に、無理なく相乗りする

今回お伝えしたかったことを整理します。中国という国は、960万平方キロメートルの国土、14億人前後の人口、世界第二位とされる経済規模という、圧倒的な「巨大さ」を持っています。この巨大さは、数字の羅列ではなく、それぞれが「引力」を生み出す源です。広さは自給と多様性を、人口は巨大な内需を、経済規模は世界中の企業を引き寄せる力を生みます。

とりわけ14億人の内需は、企業にとっての強烈な魅力であると同時に、外の嵐を国内で吸収する「打たれ強さ」をもたらします。日本と比べれば、国土で25分の1、人口で10分の1以下という規模の差があり、これは戦い方の違いを意味します。規模で勝てない国や個人は、質と賢さと粘り強さで生き残るしかない——これは日本にも、私たち個人投資家にも共通する教訓です。

そして巨大市場の引力は、その国の企業だけでなく、その市場に食い込んだ世界中の先進国企業にも恩恵を分け与えます。だからこそ私は、巨大市場の成長を取り込みたいなら、その国の個別株を直接買わなくても、全世界株式のインデックスを通じて、巨大市場で稼ぐ先進国企業を広く保有するという「間接的な投資ルート」が使える、と考えています。これなら、巨大市場固有のリスクを丸抱えせず、成長だけを薄く広く取り込める。どの国が次の巨大市場になろうと、自動的にその恩恵を受けられる。規模という大きな引力に、無理なく相乗りする——これが、私のたどり着いた地味で確かな結論です。

もちろん、これはすべて私個人の見解であり、特定の国や銘柄、投資手法を勧めるものではありません。巨大市場の評価に唯一の正解はありません。それでも、「規模は強さであり引力である。けれど、その引力は分散の網を通して受け取るのが賢い」という視点は、大きさに目を奪われがちな私たちにとって、役に立つ補助線になるはずです。

このシリーズを通読したい方は、出発点となる第1話、シリーズ全体の中国から学ぶ資産形成シリーズのハブページ、そして関連シリーズもまとめた統合ハブページもあわせてご覧ください。

次回は、視点をさらに大きく広げます。第11話:地理が経済を決める へ続く。巨大さという「量」の強さを見てきたあとで、今度はその巨大さがどこに置かれているか——つまり「地理」という、国の運命を静かに方向づける条件に目を向けます。なぜ同じ大きさでも、立地によって強さがまるで変わるのか。地図の上に、経済の論理を重ねて読み解いていきましょう。

▶ 次の話:第11話 地理が経済を決める|黄河・長江と国土の宿命

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