ロシアとトルコはなぜ数百年も争うのか|海峡をめぐる地政学・ロシアから学ぶ資産形成シリーズ第4話

投資・資産運用

4児のシングルファーザーとして子育てをしながら、20年大家・20年個人事業主・20年投資家として歩んできた私が、「国家から学ぶ資産形成シリーズ」のロシア編をお届けしています。今回は第4話です。第3話「クリミア半島とセバストポリ ― 一つの港が、なぜ何世紀も大国の関心を引きつけるのか」をまだお読みでない方は、第3話と、ロシア編の全体像をまとめたロシアから学ぶ資産形成シリーズ・ハブから目を通していただくと、今回の話がより立体的に伝わるかと思います。

あらかじめお断りしておきますが、本シリーズは特定の国家・政治体制・人物を称賛したり非難したりする意図はまったくありません。あくまで「地理と歴史が経済構造にどう作用するか」を中立的に観察し、そこから投資家・生活者として何を学べるかを考える教材として書いています。記載はあくまで私個人の見解であり、最終的な投資判断はご自身の責任で行っていただくことが大前提です。今回はロシアとトルコという、地理的に隣り合う二つの国が、海峡という一点をめぐって何世紀も利害を絡ませ合ってきた構造を扱いますが、現在進行形の出来事の是非や、どちらの国が正しい・間違っているといった価値判断には立ち入りません。あくまで「地理は変わらない。だからこそ、そこから生まれる構造的なリスクは、時代を超えて反復する」という観察に徹したいと思います。

黒海から地中海へ ― 「のど元」ボスポラス・ダーダネルス海峡

まずは、頭の中に地図を広げてみてください。第3話で主役にしたクリミア半島がぶら下がる黒海。この海は、四方を陸地に囲まれた「内海」です。広い海ではありますが、外の世界へ出ていく出口が、たった一か所しかありません。その出口こそが、ボスポラス海峡とダーダネルス海峡という、二つの細い水路です。

黒海から外洋へ出る船は、まずボスポラス海峡という、幅が最も狭いところでわずか数百メートルしかない極端に細い水路を抜けます。そこを通るとマルマラ海という小さな海に出て、さらにダーダネルス海峡というもう一つの細い水路を抜けて、ようやく地中海へとつながっていきます。地中海に出れば、そこから先は大西洋へも、世界中の海へも開けています。つまり、黒海に面した国が外洋の交易ネットワークへアクセスするには、この二つの細い水路を必ず通らなければならないのです。迂回路はありません。陸続きで地中海へ抜ける海路は、地理的にここしか存在しないからです。

そして、この二つの海峡は、いずれもトルコの国土に挟まれています。海峡の両岸を、トルコの陸地が押さえている。言い換えれば、黒海から地中海へ出る「のど元」を、地理的にトルコが握っているということです。第3話で、クリミアを「黒海を見渡す一等地」と表現しました。だとすれば、ボスポラス・ダーダネルス海峡は、その黒海という商圏全体から外の世界へ通じる「唯一の門」であり、トルコはその門の鍵を、地理によって最初から手にしている国だと言えます。

私はこの構造を見たとき、不動産でいう「私道に面した奥まった土地」のことを思い出しました。どれほど立派な家を建てても、表通りへ出るための道が他人の所有する一本しかなければ、その家の使い勝手は、私道を持つ人の都合に左右されてしまいます。黒海に面した国がどれほど良い港を持っていても、外洋へ出る唯一の通路を他国が握っているなら、その港の価値は、海峡を持つ国との関係次第で大きく変わる。「出口の鍵を誰が握っているか」が、その奥にあるすべての価値を左右する――この一点が、今回の物語の出発点です。

ここで強調しておきたいのは、これは誰かの意地悪や策略の話ではない、ということです。トルコがその位置にあり、海峡を国土に抱えているのは、ただ地理がそうなっているからにすぎません。数百年前も、今も、地図上の海峡の位置は一ミリも動いていない。地理は変わらない。だからこそ、その地理から生まれる利害の構造もまた、時代や政治体制が変わっても、繰り返し同じ形で立ち現れてくるのです。

オスマン帝国とロシア ― 海峡をめぐる長期抗争の地理的必然

歴史をたどると、この海峡をめぐる関心の対立は、何世紀にもわたって繰り返されてきました。かつてこの地域に広がっていたオスマン帝国は、二つの海峡を含む一帯を長く支配していました。一方、第2話・第3話で見てきたように、ロシアは「凍らない海への出口」を求め、黒海へ、そしてその先の地中海・外洋へと、南へ南へと関心を伸ばし続けてきました。両者の関心が交わる接点が、まさにこの海峡だったのです。

ロシアにとって、黒海に艦隊や交易船を持つことは、第3話で見たクリミア・セバストポリの価値と一体です。しかし、黒海に出られたとしても、その先の地中海・外洋へ自由に行き来できなければ、出口としては不完全です。黒海は、出口の「手前」までしか連れて行ってくれない。本当の意味で世界の海へつながるには、海峡という最後の門を抜ける必要がある。ところがその門は、別の国が握っている。「出口を手に入れたと思ったら、その先にもう一つ、自分のものではない出口があった」――これがロシアが何世紀も向き合い続けてきた地理的なジレンマです。

一方のオスマン帝国、そして現在のトルコの側から見れば、海峡は自国の生命線そのものです。自国の領土を貫く水路が、他国の艦隊に自由に通行されてしまえば、自国の安全保障に直結します。だからこそ、海峡をどう管理し、どの国の船にどこまで通行を認めるかは、海峡を抱える国にとって、決して手放せない主権の核心であり続けてきました。これもまた、悪意ではなく、地理が課す立場の必然です。門の両側に立つ二つの国は、それぞれの地理的な事情から、どうしてもこの一点で利害がぶつからざるを得ないのです。

この長期抗争を眺めて私が痛感するのは、対立の根っこにあるのが、誰かの感情や一時的な思惑ではなく、動かしようのない地理そのものだという事実です。指導者が代わっても、政治体制が変わっても、時代が下っても、「黒海から外へ出る唯一の通路を、別の国が握っている」という構図は変わりません。だから、いったん和らいだように見えても、また同じ場所で同じ種類の緊張が顔を出す。これは個人の善悪の問題ではなく、地図の上に最初から書き込まれた、構造の問題なのです。

歴史の中では、この海峡の通行をどう扱うかをめぐって、関係する国々の間で何度も取り決めが結ばれてきました。平時には商船の通行を広く認めつつ、軍艦の通行には条件をつける。そうした細かなルールが繰り返し議論され、調整されてきたこと自体が、この一点がいかに各国にとって重大で、譲れない問題だったかを物語っています。取り決めが何度も必要になるということは、それだけ利害が鋭く対立し続けているということの裏返しなのです。

海峡を制する者が貿易を制する ― チョークポイントの経済学

ここで、海峡という地形が持つ経済的な意味を、もう少し掘り下げて考えてみましょう。地理学や安全保障の世界では、こうした「通らざるを得ない狭い要所」をチョークポイント(choke point)と呼びます。チョークとは「のど・喉を締める」という意味で、まさに第3話までで使ってきた「のど元」という言葉と重なります。世界の物流には、必ず通らなければならない細い首のような場所がいくつも存在し、ボスポラス・ダーダネルス海峡はその代表例の一つなのです。

チョークポイントが経済的に決定的に重要なのは、そこが詰まると、その先につながる広大なネットワーク全体が一気に滞ってしまうからです。黒海に面した国々が外の世界へ送り出す穀物やエネルギー、原材料などの多くは、この狭い海峡を通って世界へ運ばれていきます。もし何らかの理由でこの一点の通行が滞れば、影響は海峡そのものにとどまらず、黒海沿岸の経済全体、さらにはそこから商品を受け取る遠い国々にまで、波のように広がっていきます。細い一点が、その何倍・何十倍もの広がりを持つ経済圏の動脈を握っているのです。

これを投資の言葉に置き換えると、チョークポイントは「ボトルネック」そのものです。どれほど大量の水を流そうとしても、途中に細い管が一本あれば、流量はその細い管の太さで決まってしまう。生産がいくら豊かでも、需要がいくら旺盛でも、その間をつなぐ一点が細ければ、全体の流れはその一点に支配される。価値は、量の多い場所ではなく、流れが集約される細い一点に宿る――これが、チョークポイントの経済学が教えてくれる本質です。

私が事業主として20年、そして投資家として20年見てきた中でも、この「ボトルネックを握る者が価値を握る」という構造は、形を変えて何度も登場してきました。たとえば、ある業界の製品を作るうえで、どうしても欠かせない一つの部品や素材。それを供給できる先が世界に数えるほどしかなければ、最終製品をどれだけ大量に作る企業も、その細い供給の一点に首根っこを押さえられます。完成品メーカーがいくら大きくても、利益の源泉は、しばしばその目立たないボトルネックを握る側に集まっていく。海峡という地理のチョークポイントと、産業構造のチョークポイントは、驚くほど同じ論理で動いているのです。

ただし、ここで冷静に付け加えておかなければならないことがあります。チョークポイントを握る側は強い立場にあるように見えますが、その強さは「みんながそこを通らざるを得ない」という前提の上にだけ成り立っているという点です。もし技術の進歩や新しいルートの出現によって、人々がそこを通らなくてもよくなれば、チョークポイントの価値は一気に薄れます。歴史を振り返れば、かつて栄えた交易路の要衝が、新しい航路や輸送手段の登場によって、ある時期から急速に重要性を失った例は数多くあります。「必ず通る」という前提が崩れた瞬間、要衝は要衝でなくなるのです。この点は、後ほど投資の教訓として、改めて深く考えたいと思います。

投資家への教訓 ― 「地理は変わらない=構造リスクは反復する」

ここから、20年の投資経験を踏まえた教訓に入ります。ロシアとトルコの海峡をめぐる長期抗争が私たちに教えてくれる最大の示唆は、「地理は変わらない。だから、地理に根ざした構造的なリスクは、時代を超えて何度でも反復する」ということです。

第3話では、希少で代替のきかない要衝こそ価値が高いと書きました。今回の海峡の物語は、それと表裏一体の、もう一つの真実を突きつけてきます。それは、「自分の価値の流れが、他者の握る一点に依存していると、その一点は構造的なリスクの源にもなる」という事実です。黒海沿岸の国々にとって、海峡は外の世界へ出る命綱であると同時に、他国に握られているがゆえに、いつ緊張の火種になるか分からない弱点でもあります。命綱と弱点は、同じ一点の表と裏なのです。

これを私たち個人の資産形成に引きつけると、極めて実践的な問いが浮かび上がります。「自分の資産や収入は、どこか一つのチョークポイントに首根っこを押さえられていないか」という問いです。具体的に考えてみましょう。収入のほとんどが一つの取引先や一つの収入源に依存していないか。資産の大半が一つの国・一つの通貨・一つの資産クラスに集中していないか。それらを支えるインフラやプラットフォームが、自分のコントロールの外にある一点に頼り切っていないか。もしそうなら、その一点が詰まったとき、自分の経済全体が一気に滞るのです。海峡が詰まれば黒海経済全体が滞るのと、まったく同じ構造です。

ここで大切なのは、「依存しているチョークポイントは、平時にはまったく問題に見えない」という点です。海峡だって、船が自由に行き来できている平時には、何の不安もない便利な通路です。問題が顕在化するのは、緊張が高まったとき、つまり最も困る局面においてです。私が事業や投資で何度も思い知らされたのは、リスクは順調なときには姿を隠し、いざというときにまとめて牙をむくということでした。だからこそ、平時にこそ「自分の命綱は、誰の握る一点に依存しているか」を点検しておく必要があるのです。順調なときに弱点を直視できる人だけが、混乱のときに耐えられます。

そして、ここからが今回の核心です。地理が変わらない以上、構造的なリスクは「一度やり過ごせば終わり」ではなく、形を変えて反復する。海峡をめぐる緊張が、何世紀も繰り返し顔を出してきたように、私たちの資産形成においても、同じ種類のリスクは周期的に巡ってきます。市場の混乱、特定地域の不安定化、一つの依存先の機能不全。これらは「いつか終わる例外」ではなく、「形を変えて何度も来る、構造に組み込まれた常連」だと捉えるべきです。反復するリスクに対する最善の備えは、その都度うまく逃げ切ることではなく、最初から一点に依存しない構造を作っておくことです。

その具体的な備えこそが、このシリーズで繰り返し触れてきた「分散」です。第3話の最後で、私は「希少な要衝を選びつつ、一点に賭けない」という二つの知恵を両立させるべきだと書きました。今回の海峡の物語は、その「一点に賭けない」という発想を、さらに一段深めてくれます。すなわち、単一の通路・単一の依存先に自分の経済の流れを委ねないこと。地域を分け、通貨を分け、資産クラスを分け、収入源を分ける。複数のルートを確保しておけば、どこか一つのチョークポイントが詰まっても、流れを別の経路に振り向けられます。供給網が一本の海峡だけに頼らず、複数のルートを持とうとするのと、まったく同じ発想です。

ここで、私の借金と複利に対するスタンスにも軽く触れておきます。チョークポイントへの依存が怖いのは、それが「自分のコントロールの外にある一点」だという点でした。借入もまた、使い方を誤れば、自分の家計に「他者の握るチョークポイント」を一つ増やしてしまう行為になりかねません。返済という固定された流れが、収入という一本の通路に依存していると、その通路が細くなった瞬間に、家計全体が締め付けられます。「借入額+総借入コストよりも、期待できるリターンのほうが明確に大きい」と確信できる場面でだけ融資を使う――この原則を、私は今回さらにこう補強したいと思います。借りるなら、返済の流れを支える収入源が、一つの細いチョークポイントに依存していないかどうかも、あわせて確かめる。借り手側の複利を敵に回さないという一線は、流れの依存構造まで見渡して初めて、本当に守れるのです。

もう一つ、第3話のチョークポイントの章で触れた「必ず通るという前提が崩れれば、要衝は要衝でなくなる」という点も、投資の教訓として重要です。私たちが「これは絶対に必要とされ続ける」と思い込んでいる依存先も、技術の進歩や時代の変化で、ある日その前提が崩れることがあります。だからこそ、依存先を分散するだけでなく、「いま自分が頼っている一点は、これからも本当に必要とされ続けるのか」を、定期的に問い直す姿勢が欠かせません。希少性も、依存も、需要という土台の上にだけ成り立っている。その土台が動けば、価値もリスクも姿を変えるのです。

日本との比較 ― 海峡に依存しない島国の物流自由度

ここで視点を変えて、私たちが暮らす日本の地理を、海峡という観点から眺めてみたいと思います。ここでも特定の国の優劣を論じる意図はなく、あくまで「地理が物流の自由度にどう作用するか」という構造の比較です。

黒海沿岸の国々が、外洋へ出るために必ず一つの細い海峡を通らなければならないのに対し、日本は四方を開かれた海に囲まれた島国です。太平洋にも、日本海側からも、複数の方向へ船を出すことができ、特定の一つの狭い水路を「必ず通らなければ外へ出られない」という地理的な制約は、相対的に小さい。出口が一つの細い門に絞られていないという点で、日本は黒海沿岸の国々とは異なる地理的な立場にあります。これは、地図を眺めれば一目で分かる、構造の違いです。

もっとも、ここで安心しきってはいけない、と私は思っています。日本もまた、別の形でチョークポイントに依存している国だからです。たとえば、日本が輸入する多くの資源やエネルギーは、はるか遠くの海域にある別の海峡や狭い水路を通って運ばれてきます。自国のすぐそばに海峡という制約が少ないからといって、世界の物流ネットワーク全体で見れば、日本もまた、遠く離れたどこかのチョークポイントに、生活と経済の根っこを依存している。「自分の足元に弱点が見えない」ことと、「弱点がない」ことは、まったく別物なのです。むしろ、足元に見えないからこそ、依存していることを忘れやすい。これは、自分の資産の弱点を見落としやすい私たち個人の状況とも、よく似ています。

この日本との比較から、私が引き出したい教訓は二つあります。一つは、「複数の出口を持つことの強さ」です。一つの細い門にすべてを委ねる構造より、複数の方向へ流れを出せる構造のほうが、どこか一点が詰まっても全体が止まりにくい。これは個人の資産形成における分散の発想と、そっくり同じです。もう一つは、「足元に見えない遠くの依存を見落とさない」という戒めです。手近なリスクは誰でも気づきますが、自分の繁栄を遠くで支えている見えにくいチョークポイントこそ、いざというとき最も大きな影響を及ぼします。地図を世界の縮尺まで引いて眺めて初めて、本当の依存構造が見えてくるのです。

私が大家として、また投資家として心がけてきたのも、まさにこの「縮尺を変えて見る」という習慣でした。一つの物件、一つの銘柄を近くで眺めているだけでは、その価値の流れがどこに依存しているのかは見えてきません。一歩引いて、その収入が何に支えられ、どんな前提が崩れたら止まるのかを、地図の縮尺を引くように俯瞰する。近くで見える安心と、遠くから見える構造リスクの両方を、同時に視野に入れる。海峡をめぐる地理の物語は、その俯瞰の大切さを、これ以上ないほど鮮やかに教えてくれます。

4児パパの視点 ― 子どもに「通り道」の大切さを地図で教える

4人の子を一人で育てる中で、私は折にふれて、子どもたちと一緒に世界地図を眺めます。第1話では「一番大きい国が一番強いとは限らない」、第2話では「港という出口の大切さ」、第3話では「場所そのものの価値」を子どもに話す場面を書きました。今回は、その続きとして「通り道」の大切さについて話してみたいと思います。

子どもに地図を見せて、黒海から地中海へ抜ける細い海峡を指さしながら、こう問いかけます。「ここ、すごく細い道みたいになってるよね。黒海から外のおっきな海へ行くには、この細い道を絶対に通らなきゃいけないんだ。もしこの道が通れなくなったら、どうなると思う?」と。子どもはたいてい「奥のほうがぜんぶ動けなくなる」と気づいてくれます。そこで私は、家のおもちゃを使って、廊下が一本しかない部屋を作り、「この廊下にものを置いちゃうと、奥の部屋からは何も出られなくなるね」と見せます。

そして、身近な例に置き換えます。「学校の帰り道が一本しかなかったら、その道で工事してたら帰れないよね。でも、行ける道が二本、三本あったら、一本ふさがってても別の道で帰れる。お金やお仕事も同じで、頼る道が一本しかないと、その道が止まったとき困っちゃう。だから、行ける道はいくつか持っておくほうがいいんだよ」と。すると子どもは、地図の細い海峡に、急に興味を持ってくれます。広い海そのものではなく、その海を出入りする「細い通り道」に、目を向けてくれるのです。

これは、お金の教育としても大切な視点だと私は考えています。「持っているものの大きさ」だけでなく、「それをやり取りする通り道が、いくつあるか」が、安心を大きく左右する。子どもがいずれ大人になり、仕事を選び、お金を投じる場面が来たとき、「一本の通り道にすべてを頼っていないか」を問えるかどうかは、人生の安定を大きく左右します。妻を病気で亡くし、一人で4人を育てる立場になった私が子どもたちに残したいのは、お金そのものよりも、こうした「自分の流れが、どこか一点に縛られていないかを見抜く目」です。地図一枚、おもちゃの廊下一本からでも、その学びは始められると私は信じています。

まとめ ― 単一の通路に頼らず、複数のルートで流れを守る

第4話では、ロシアとトルコが何世紀も向き合ってきたボスポラス・ダーダネルス海峡を主役に、「地理は変わらない=構造リスクは反復する」という教訓を見てきました。要点を振り返っておきましょう。

  • 黒海から地中海・外洋へ出る唯一の通路がボスポラス・ダーダネルス海峡であり、その「のど元」を地理的にトルコが握っている。出口の鍵を誰が握るかが、その奥のすべての価値を左右する。
  • ロシアとオスマン帝国・トルコの長期抗争の根っこにあるのは、誰かの感情や思惑ではなく動かしようのない地理そのもの。だから時代や体制が変わっても、同じ場所で同じ種類の緊張が反復する。
  • 海峡のようなチョークポイント(ボトルネック)が詰まると、その先につながる広大なネットワーク全体が滞る。価値は量の多い場所ではなく、流れが集約される細い一点に宿る。
  • 個人の資産形成でも、収入・資産・インフラが一つのチョークポイントに依存していないかを点検すべき。命綱と弱点は同じ一点の表と裏であり、リスクは順調なときに姿を隠す。
  • 地理が変わらない以上、構造リスクは反復する。最善の備えは逃げ切ることではなく、地域・通貨・資産クラス・収入源を分け、複数のルートを最初から確保しておくこと
  • 日本のように足元に海峡の制約が少ない場合でも、遠くのチョークポイントへの見えにくい依存は残る。縮尺を引いて俯瞰し、近くの安心と遠くの構造リスクを同時に視野に入れる。
  • 借入も使い方を誤れば家計に「他者の握る一点」を増やしかねない。借り手側の複利を敵に回さない一線は、返済を支える収入の依存構造まで見渡して初めて守れる。

細い一本の海峡が、その奥に広がる海全体の運命を握る。その姿は、私たちに「自分の流れが、どこか一点に縛られていないか」という普遍的な問いを突きつけてきます。第3話で見た「希少な一点の価値」と、今回見た「一点依存のリスク」は、同じコインの裏表です。希少なものを見抜く目を持ちつつ、決して一本の通路にすべてを委ねない。供給網が単一の海峡に頼らず複数のルートを確保するように、私たちの資産も、複数の流れの上に立たせておく。これこそが、国家のスケールでも、私たち一人ひとりの資産形成でも、構造リスクが反復する世界を長く生き残るための知恵なのだと、私は考えています。あくまで一個人の見解ではありますが、地図と歴史の中には、教科書よりも雄弁にお金の本質を語ってくれる教材が、たしかに眠っていると私は信じています。


次回・第5話の予告: 次回は、ピョートル大帝はなぜ大工になったのかを主役に、話を進めていきます。一国を率いる立場にありながら、みずから手を動かして造船や技術を学んだという逸話の背景には、「出口を求める国家が、そのために何を学び、どう自分を変えようとしたか」という構造があります。海峡という他者の握る一点への依存から、いかにして自前の力を育て、流れを増やそうとするのか。今回見た「単一の通路に頼らない」という分散の発想を、「依存を減らし、自分の側に複数の選択肢を作る」という次の段階へと広げていく回です。第5話:ピョートル大帝はなぜ大工になったのか へ続く。どうぞお楽しみに。


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