個人事業主の傷病手当金がない問題|就業不能への備え方の全体設計

保険・教育費

会社員から個人事業主になって痛感したことのひとつが、「病気やケガで働けなくなったとき、会社員時代のようなセーフティネットがほとんどない」という事実です。個人事業主として20年、投資家・大家としてもそれぞれ20年活動してきましたが、事業主としての収入は基本的に「自分が動けること」を前提に成り立っています。4人の子を育てるシングルファーザーという立場でもあるため、もし自分が長期間働けなくなったらどうなるか、という問いは常に頭の片隅にあります。

この記事では、個人事業主に「傷病手当金がない」という問題の実態と、就業不能に備えるための具体的な選択肢について、私自身の考え方も交えて整理します。

傷病手当金とは何か、会社員との違い

傷病手当金は、健康保険(協会けんぽや組合健保など、会社員が加入する被用者保険)に加入している人が、病気やケガで働けず、給与の支払いを受けられない場合に、一定の条件のもとで支給される制度です。おおむね給与の3分の2程度の金額が、最長で通算1年6か月にわたって支給される仕組みになっており、会社員にとっては長期間働けなくなった場合の重要なセーフティネットとして機能しています。

この制度は「被用者保険」に固有の給付であり、会社を辞めて個人事業主になった時点で、この保障は原則として失われます。会社員時代は当たり前のように存在していたこのセーフティネットが、独立した瞬間になくなるという事実に、開業してから初めて気づいたという個人事業主は少なくありません。

個人事業主が病気・ケガで働けなくなったときの現実

個人事業主の収入は、基本的に「自分が働いた分」がそのまま収入になる構造です。有給休暇のような制度はなく、体調を崩して1週間仕事を休めば、その分の売上や制作物の納品が単純に発生しなくなります。短期間の風邪程度であればまだ何とかなりますが、入院を伴うような病気やケガで数か月にわたって働けなくなった場合、事業の収入はほぼゼロに近づき、それでいて家賃や通信費、保険料といった固定費、そして生活費は待ってくれません。

さらに、個人事業主が体調を崩して働けない期間が長引くと、取引先との関係が途切れる、顧客が離れる、といった「収入が止まる」以上のダメージも発生し得ます。会社員であれば休職中も雇用契約は継続し、復職すればある程度は元の仕事に戻れますが、個人事業主にはそうした「席を確保しておいてくれる仕組み」自体が存在しません。この違いを甘く見ていると、いざというときに事業と家計の両方が同時に崩れるリスクがあります。

国民健康保険には傷病手当金が原則ない

個人事業主の多くが加入する国民健康保険には、傷病手当金に相当する給付が原則として設けられていません。国民健康保険法上、傷病手当金は「任意給付」という位置づけで、実施するかどうかは各市区町村の判断に委ねられており、実際に恒常的な傷病手当金制度を持つ自治体はごく一部にとどまっています。

この状況が大きく注目されたのが、感染症の流行時に多くの自治体で導入された「特例的な傷病手当金」でした。あの特例はあくまで感染症に対する時限的・特例的な措置であり、通常の病気やケガに対する恒常的な保障ではありません。特例が終了すれば、国民健康保険加入者の多くは再び「傷病手当金がない」状態に戻ります。この事実を正確に理解せず、「国民健康保険にも傷病手当金があるはず」と思い込んだままでいると、実際に働けなくなったときに初めて制度がないことに気づき、対応が後手に回ってしまいます。

民間の就業不能保険・所得補償保険の仕組み

公的な保障が薄い分、個人事業主が就業不能リスクに備える手段として代表的なのが、民間の就業不能保険・所得補償保険です。これらの保険は、病気やケガで働けなくなった際に、契約時に定めた給付金額が毎月支払われる仕組みで、大きく次のような特徴があります。

  • 免責期間(支払対象外期間):多くの商品で、就業不能状態になってから一定期間(60日程度が一般的)は給付が始まらない設計になっています。この免責期間中の生活費は、貯蓄や別の備えでカバーする必要があります。
  • 給付の対象範囲:精神疾患を含めるかどうか、就業不能の定義(入院のみか、在宅療養も含むかなど)は商品によって差があり、この違いが実際に給付を受けられるかどうかを大きく左右します。
  • 保険期間・給付期間:一定年齢までの長期タイプと、短期(1〜2年程度)で更新していくタイプがあり、保険料の水準や見直しやすさに違いがあります。
  • 保険料の水準:職業や健康状態によって保険料が変わり、個人事業主は会社員に比べて審査がやや厳しめに設定される商品もあります。

これらの保険は、公的な傷病手当金がない個人事業主にとって、収入減少リスクを直接的にカバーできる手段として紹介されることが多いのですが、実際に商品を比較してみると、免責期間の長さや就業不能の認定基準の厳しさ、精神疾患の扱いなど、加入すれば安心とは言い切れない制約が数多く見えてきます。何十年にもわたって払い続ける保険料の総額と、実際に給付を受けられる確率・金額を天秤にかけると、同じ金額を生活防衛資金として自分の手元に積み上げておくほうが、使い道の自由度も含めて合理的だというのが、調べたうえでの結論です。

小規模企業共済・iDeCoなど貯蓄型でのカバー

保険による備えとあわせて検討したいのが、小規模企業共済やiDeCo(個人型確定拠出年金)といった、掛金が所得控除の対象になる貯蓄型の制度です。これらは本来、老後資金や退職金代わりとしての位置づけですが、小規模企業共済には契約者貸付制度があり、急な資金が必要になった際に、積み立てた掛金の範囲内で比較的低金利の貸付を受けられる仕組みがあります。

就業不能保険は「収入が止まったときに保険金として給付される」仕組みですが、前述の通り免責期間や認定基準の厳しさを踏まえると、これを備えの中心に据えるのはリスクが大きいと考えています。そのため我が家では、生活防衛資金を備えの中心に据えたうえで、小規模企業共済の貸付制度(「自分が積み立てたお金を一時的に借りる」仕組み)を、掛金の所得控除による節税効果とあわせて補完的な手段として組み合わせています。事業用・生活防衛用の資金として、最低でも生活費の半年から1年分程度は普通預金などすぐに引き出せる形で確保しておくことが、就業不能リスクへの備えの土台になります。

我が家での備えの考え方

4人の子を育てるシングルファーザーという立場で個人事業主をしていると、「自分が働けなくなったら、収入が止まるだけでなく、家庭運営そのものが止まる」という二重のリスクを常に意識せざるを得ません。会社員であれば、配偶者がいれば世帯としての収入源が分散されますが、私の場合は事業所得が家計の柱になっているため、就業不能リスクへの備えは人一倍重要だと考えています。

具体的には、就業不能保険や所得補償保険には頼らず、生活費の半年から1年分をカバーできる水準まで生活防衛資金を厚めに確保することを優先しています。さらに、投資・不動産からの収入という「事業所得以外の収入源」を長年かけて育ててきたことも、就業不能リスクの分散という意味で結果的に大きな支えになっています。不動産賃貸収入は、自分が病気で動けなくなっても管理会社を通じて一定程度は継続する収入であり、事業所得が完全にゼロになった場合のクッションとして機能します。収入源を1つに集中させず、複数の柱を持っておくことが、保険に頼らずにリスクを補う上で重要だと感じています。

働けなくなったときの子育て・事業の両立体制も同時に設計する

就業不能への備えというと、保険や貯蓄など「お金」の話に意識が向きがちですが、一人で子育てと事業の両方を担っている立場では、実際に自分が動けなくなったときの「体制」そのものを事前に考えておくことも同じくらい重要です。お金の備えがあっても、日々の家事・送り迎え・子どもの世話を代わりに担ってくれる人がいなければ、結局は無理をして体調を悪化させてしまうことになりかねません。

私が意識しているのは、親族や信頼できる友人・地域の子育て支援サービスなど、いざというときに頼れる先を複数把握しておくことです。自治体によっては、保護者が病気やケガで一時的に養育が難しくなった場合に子どもを預かってくれる子育て支援制度が用意されていることもあり、こうした制度の存在をあらかじめ調べておくだけでも、いざというときの心理的なハードルが下がります。

事業面では、自分にしかできない業務をできるだけ減らし、外注やアウトソーシングを活用して「自分が数週間動けなくても事業が完全には止まらない」状態を少しずつ作っておくことも、就業不能リスクへの備えの一部だと考えています。生活防衛資金という金銭的なセーフティネットと、子育て・事業それぞれの代替体制という実務的なセーフティネットは、どちらか一方だけでは不十分で、両方をセットで設計しておく必要があります。

生活防衛資金で備える際の具体的なチェックポイント

就業不能保険や所得補償保険に頼る前に、生活防衛資金でどこまでカバーできるかを整理することが大切だと考えています。私が実際にチェックしているポイントを挙げておきます。

  1. 免責期間に相当する期間の備え:多くの就業不能保険で60日程度とされる免責期間を、現金でどれだけカバーできるかを確認する
  2. 認定基準に左右されない備え:入院か在宅療養か、精神疾患を含むかといった商品ごとの認定基準に関係なく、どんな理由で働けなくなっても使える「現金」という形で備えられているか
  3. 必要額の逆算:事業の固定費(家賃、通信費など)と生活費の最低ラインを合算し、必要な備蓄額を逆算して設定する
  4. 積立ペースの継続可能性:収入が不安定になりやすい個人事業主にとって、無理なく積み立てを続けられるペースかどうか
  5. 他の備えとのバランス:小規模企業共済、iDeCo、複数の収入源など、貯蓄以外の備えとあわせて全体設計を考える

保険に頼るという発想は「入れば安心」に見えて、免責期間や保障範囲の制約を正確に理解すると意外に心もとない場面が多く、自分の事業構造・家計構造に合わせて、まずは生活防衛資金を軸に設計することが何より重要だと考えています。

まとめ

個人事業主には、会社員が当たり前に持っている傷病手当金という保障がなく、国民健康保険にも原則としてこれに相当する給付はありません。病気やケガで働けなくなれば、事業収入がほぼ止まり、家賃や生活費といった固定的な支出だけが残るという厳しい現実があります。この就業不能リスクに備えるためには、就業不能保険や所得補償保険に頼るのではなく、生活費の半年から1年分をカバーできる生活防衛資金を軸に、小規模企業共済やiDeCoといった貯蓄型制度、さらには複数の収入源を持つことによるリスク分散まで、複数の手段を組み合わせた全体設計が必要です。特に一人で家計と事業の両方を支える立場の個人事業主にとって、この備えは「あったほうがいい」ものではなく、「なければ家庭ごと崩れかねない」重要なリスクマネジメントだと考えています。

免責事項

本記事は一般的な情報提供を目的として、2026年時点で把握できる制度・実務を基に執筆しています。傷病手当金の制度や国民健康保険の給付内容は自治体によって異なる場合があり、民間保険商品の内容も保険会社・商品ごとに異なります。実際の保険加入や資金計画に関する判断にあたっては、必ずファイナンシャルプランナーや保険の専門家、社会保険労務士など専門家にご相談のうえ、最新の情報をご確認ください。

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