4児のシングルファーザーとして子育てをしながら、20年大家・20年個人事業主・20年投資家として歩んできた私が、「国家から学ぶ資産形成シリーズ」のロシア編をお届けしています。今回は第11話です。第10話「ソ連崩壊はなぜ起きたのか――非効率は長くは続かない」をまだお読みでない方は、第10話と、ロシア編の全体像をまとめたロシアから学ぶ資産形成シリーズ・ハブに先に目を通していただくと、今回の話がいっそう立体的に伝わるかと思います。
はじめにお断りしておきます。本シリーズは、特定の国家・政治体制・思想・人物を称賛したり非難したりする意図はまったくありません。今回の主題は「政治リスクは株価を動かす」です。政治や政策、そして国と国との関係――いわゆる地政学の動きは、私たち個人投資家の資産に、ときに静かに、ときに激しく作用します。けれど本稿は、どの政策が正しかったか、どの国の立場が正義かを論じるためのものではありません。私が見つめたいのは、もっと中立で普遍的な構造――政治・政策・地政学という、個人にはどうにも制御できない力が、資産の値動きにどう作用するのか。そして、その制御不能な力に対して、私たち一人ひとりに何ができるのかという一点です。なお、記載はあくまで私個人の見解であり、最終的な判断はご自身の責任で行っていただくことが大前提です。お金や資産に関わる話ですので、どうか慎重に、ご自身の状況に照らしてお読みいただければと思います。
エネルギーという武器——資源輸出が握る交渉力
政治リスクが株価を動かす、その最も分かりやすい入り口が「エネルギー」です。ロシア編をここまで読んでこられた方なら、この国が世界有数の資源輸出国であることを、すでにご存じでしょう。石油や天然ガスといった資源を大量に産出し、それを国外へ売ることで、大きな収入を得てきました。ここで注目したいのは、資源が単なる「商品」ではなく、しばしば「交渉のための力」として働く、という構造です。
エネルギーは、人々の暮らしにとっても、産業にとっても、欠かすことのできない土台です。暖房も、電気も、工場の稼働も、エネルギーがなければ止まってしまう。だからこそ、エネルギーを安定して供給できる側は、それを必要とする側に対して、自然と強い立場に立ちます。これは特定の国に限った話ではありません。資源を持つ国は、その資源を「売る・売らない」「価格を上げる・据え置く」という選択を通じて、相手国の経済や政治に、間接的に影響を及ぼすことができる。資源の供給そのものが、言葉を使わない交渉のカードになるのです。
歴史を眺めると、エネルギー資源の供給や価格をめぐる駆け引きが、国と国との関係を左右し、ときには世界全体の経済に大きな波を起こしてきた場面が、何度も登場します。供給が細るのではないかという不安が広がるだけで、エネルギーの国際価格は跳ね上がり、その上昇は、エネルギーを輸入に頼る国々の物価や企業のコストへと、ドミノのように波及していく。逆に、供給が潤沢になれば価格は下がり、今度は資源を売る側の収入が細っていく。エネルギーをめぐる一つの政治的な動きが、世界中の株価や為替を、連鎖的に揺らしていく――この連動こそが、政治リスクが経済に作用する、最も典型的な経路の一つです。
私がここで強調したいのは、この「エネルギーという武器」の力が、良い悪いを超えて、構造として存在しているということです。資源を持つ国がそれを交渉力に使うのは、特殊な悪意ではなく、ある意味で自然な力学です。問題は、その力学のなかで、私たち個人投資家が、自分ではどうにもできない大きな波に、否応なくさらされているという事実のほうにあります。エネルギーをめぐる遠い国の政治的な判断が、巡り巡って、自分の保有する資産の値段を動かす。この「自分には決められないのに、影響だけは受ける」という非対称こそが、政治リスクの本質的な厄介さなのだと、私は受け止めています。
安全保障とナショナリズム——政治が経済を方向づける構造
エネルギーが交渉力として働く背景には、もう一段深い動機があります。それが「安全保障」と、それに結びついた「ナショナリズム」――自国を第一に考えようとする心の動きです。ここからは、特定の国・特定の立場への評価を離れ、「政治が経済をどう方向づけるか」という、どの国にも当てはまる一般的な構造を見ていきます。
どの国も、突き詰めれば「自国の安全と存続」を最優先します。これは、ある体制が特別に好戦的だから、という話ではありません。自分たちの暮らしと領域を守りたいという欲求は、どんな国家にも備わった、ごく根源的なものです。そして、この安全保障への意識が高まると、経済の判断もまた、それに引っぱられていきます。たとえば、たとえ経済的には少し割高でも、特定の相手に過度に依存しないよう、供給先を国内や友好国に切り替えようとする。経済合理性だけで見れば遠回りでも、「いざという時に首根っこを押さえられないこと」を優先する――こうした判断が、政治の側から経済へと持ち込まれるのです。
ナショナリズムが高まる局面では、この傾向はいっそう強まります。「自国の産業を守ろう」「自国の資源は自国のために」という意識が前面に出ると、それまで国境を越えて自由に流れていたモノやお金の動きに、政治の手で制限がかかることがあります。関税が引き上げられたり、特定の取引が制限されたり、外国からの投資に条件がついたり。経済の論理だけなら起こらなかったはずの「分断」や「囲い込み」が、政治の論理によって生み出されていく。そして、その一つひとつの政治的な判断が、関連する企業の業績見通しを変え、株価を動かし、為替を揺らしていきます。
ここで私が見つめたいのは、経済は決して、純粋な経済合理性だけで動いているわけではないという、当たり前だけれど見落としがちな事実です。教科書的に考えれば、モノは最も安く作れる場所で作られ、お金は最も効率の良い場所へ流れていくはずです。けれど現実には、その流れの上に、安全保障やナショナリズムという「政治の論理」が、もう一枚の地図のように重なっている。経済の地図と政治の地図、その二枚が重なったところで、実際の値動きは決まっていくのです。経済の地図だけを見て投資判断をすると、もう一枚の政治の地図が動いたときに、思わぬ方向へ足をすくわれることになる。私が20年の投資のなかで、何度も思い知らされてきたことです。
大切なのは、この「政治の地図」は、私たち個人には、ほとんど制御できないという点です。どの国がどんな安全保障上の判断を下すか、ナショナリズムがいつ、どの方向へ高まるか――それは、一個人がどれだけ勉強しても、予測しきれるものではありません。制御できないものを、無理に読み切ろうとするのではなく、「読み切れない」という前提のうえで、どう備えるか。ここに、政治リスクと向き合う際の、現実的な出発点があるのだと、私は考えています。
政治リスクの可視化——政策一つで資産価値が動く
では、政治リスクは、具体的にどのような経路で、私たちの資産の価値を動かすのでしょうか。ここからは、その作用を「見える化」してみたいと思います。政治リスクは抽象的に聞こえますが、その作用の道筋は、意外なほどはっきりしています。
第一の経路は、「政策そのものが、企業の利益を直接変える」というものです。ある産業を後押しする政策が打ち出されれば、その産業の企業は追い風を受け、業績見通しが改善し、株価が上がりやすくなります。逆に、ある産業に規制や課税が強化されれば、その企業のコストは増え、利益見通しは悪化し、株価は下がりやすくなる。税率の変更、補助金の有無、規制の強弱――こうした政策の一つひとつが、企業の利益という土台を、直接的に押し上げたり押し下げたりするのです。政治家のペン一本、政策決定の一つが、特定の業界の数字を、一夜にして塗り替えうる。これが、政治が株価に作用する、最も直接的な道筋です。
第二の経路は、「不確実性そのものが、値動きを荒くする」というものです。これは見落とされがちですが、極めて重要です。市場というのは、結果が悪いこと以上に、「どうなるか分からないこと」を嫌います。重要な政治的判断を控えた局面、国と国との関係が緊張している局面、選挙や政策転換の行方が読めない局面――こうした「先が見通せない」状態そのものが、投資家を慎重にさせ、値動きを大きく、荒くします。悪い結果が確定する前から、「悪くなるかもしれない」という不安だけで、株価は揺れ始めるのです。政治リスクが厄介なのは、実際に何かが起きる前から、その「起きるかもしれない」という不確実性だけで、資産価値を動かしてしまう点にあります。
第三の経路は、「為替や金利を通じた、間接的な波及」です。政治的な動きは、その国の通貨の価値や金利の方向を変え、それが巡り巡って、世界中の資産価格に波及していきます。ある国の政情が不安定になれば、その国の通貨は売られやすくなり、資金はより安全とされる場所へ移動する。その資金の移動が、世界の株式市場や債券市場を、連鎖的に動かしていく。遠い国の一つの政治的判断が、為替と金利という配管を通って、自分の保有資産の値段にまでしみ出してくる――この間接経路は、目に見えにくいぶん、かえって広く深く作用します。
こうして並べてみると、政治リスクは、決して「いつか、もしかしたら」起こる漠然とした脅威ではなく、日々、確実に、複数の経路を通じて資産価値に作用し続けている、現実の力だと分かります。そして、ここでも繰り返し浮かび上がるのは、これらの経路のどれもが、私たち個人にはコントロールできない、という事実です。どんな政策が打ち出されるか、どこで不確実性が高まるか、為替がどちらへ振れるか――そのすべてが、私たちの手の届かないところで決まっていく。だからこそ、次に考えるべきは「どう当てるか」ではなく、「当てられないことを前提に、どう守るか」なのです。
投資家への教訓——「政治リスク」は分散でしか薄められない
ここから、20年の投資経験を踏まえた教訓に入ります。今回見てきた政治リスクの正体は、一言でいえば「個人には制御できないし、正確には予測もできない、けれど確実に資産を動かす力」でした。この厄介な相手に対して、私たち個人投資家ができることは、実はそれほど多くありません。けれど、唯一にして最も現実的な防御法が、はっきりと存在します。それが「分散」です。
まず、はっきりさせておきたいことがあります。政治リスクは、「当てる」ことでは、薄められません。どの国がどんな政策を打つか、どこで地政学的な緊張が高まるかを、毎回正確に予測できる人は、この世にいません。専門家でさえ、繰り返し予測を外してきました。一個人が、限られた情報と時間のなかで、世界中の政治の動きを読み切り、その都度うまく立ち回ろうとするのは、現実的ではないどころか、かえって危険な賭けになりかねない。制御も予測もできないものに対して、「読み当てる」という戦い方を選んだ時点で、勝ち目の薄い勝負を始めてしまっているのです。
では、どうするか。政治リスクを「丸ごと抱え込まない」ように、賭ける先をあらかじめ広く散らしておく。これが、唯一の現実的な答えです。一つの国に資産を集中させていれば、その国の政治が荒れたとき、資産全体がもろにその波を受けます。逆に、世界中の多くの国・多くの企業・複数の資産クラスに広く分散していれば、どこか一国で政治的な嵐が起きても、それは全体の一部にとどまります。ある国が政治リスクで沈んでも、別の国がそれを補い、全体としては大きく崩れない――分散とは、この「補い合い」の網を、あらかじめ世界中に張っておくことなのです。
ここで思い出していただきたいのが、このシリーズの第1話で触れた、ある出来事です。世界的な政治情勢の急変によって、ある国の株式が、海外の投資家にとって事実上「売るに売れない」状態に陥ったことがありました。それまで普通に取引できていた資産が、政治という外部の力によって、ある日突然、価値の確認も換金もままならない状態になってしまう。これこそ、政治リスクが個人の資産に牙をむいた、最も生々しい実例です。もしそのとき、自分の資産の大半をその一国に集中させていたら、どうなっていたか。逃げ場のないまま、資産の大きな部分が凍りついてしまったことでしょう。けれど、世界全体に広く分散していれば、その一国分の打撃は、全体の一部にとどまります。「一点集中はこのリスクを丸ごと抱え込み、分散はそれを薄める」――この対比が、これ以上ないほど鮮明に表れた出来事でした。
私が、一国・一銘柄・一テーマへの集中を避け、世界全体への幅広い分散を資産設計の土台に据えてきたのは、まさにこの理由からです。政治リスクは、誰にも当てられない。だからこそ、当てようとするのをやめて、どこに嵐が来ても全体が沈まないように、賭ける先を世界中に散らしておく。これは、消極的で地味な戦い方に見えるかもしれません。けれど、制御も予測もできない相手に対して、これ以上に堅実で現実的な備えを、私は知りません。あくまで一個人の見解であり、最終判断はご自身でお願いしますが、政治リスクという「読めない力」と長く付き合ってきた末に私がたどり着いたのは、「読まずに、散らす」という、拍子抜けするほどシンプルな結論でした。
日本との比較——資源輸入国がエネルギーをどう分散するか
ここで、視点を私たちの足元、日本へと移してみましょう。ここまで「資源を持つ国の交渉力」を見てきましたが、日本はその裏返し――エネルギーの多くを海外からの輸入に頼る、資源輸入国です。この立場は、政治リスクとの向き合い方を考えるうえで、私たちにとって最も身近で切実な教材になります。
資源輸入国であるということは、エネルギーの供給を、自分の国だけでは完結できない、ということです。だからこそ、供給元の国で政治的な混乱が起きたり、エネルギーの国際価格が政治的な理由で跳ね上がったりすれば、その影響を直接受けてしまう。遠い国のエネルギーをめぐる政治的判断が、巡り巡って、私たちの電気代やガス代、そして輸入に頼る企業のコストへと、しみ出してくるのです。資源を持たない国にとって、エネルギーをめぐる政治リスクは、決して「他人事」ではなく、暮らしと経済に直結する、自分事のリスクです。
では、資源輸入国は、この政治リスクにどう備えるのでしょうか。答えは、国家のレベルでも、結局のところ「分散」です。エネルギーの輸入先を、特定の一国に集中させず、複数の国・地域に分けておく。一つの供給源に頼りきりにせず、調達先を散らしておく。さらに、石油・天然ガスといった一種類の資源に偏らず、複数のエネルギー源を組み合わせておく。「どこか一か所が止まっても、全体としては止まらないようにしておく」――この発想は、私たち個人の資産分散と、驚くほど同じ構造をしています。国家がエネルギー安全保障のために供給源を分散させるのと、個人が政治リスクに備えて資産を分散させるのは、規模こそ違え、まったく同じ知恵なのです。
私はこの「資源輸入国の分散」という発想に、自分の資産設計との深い相似を感じてきました。一つの供給源に頼りきることの危うさを知っているからこそ、平時のうちに、調達先を散らし、種類を分け、「いざという時の逃げ道」をあらかじめ用意しておく。これは、エネルギーであれ、資産であれ、変わらない備えの本質です。そして、個人の資産設計に引き寄せれば、これは「自国の通貨・自国の資産だけに頼りきらない」という発想へと、まっすぐつながります。日本に暮らし、日本円で生活している私たちにとって、資産のすべてを日本円・日本国内の資産で持つことは、一見もっとも自然で安全に見えます。けれど、資源輸入国がエネルギーを分散するのと同じ理屈で、資産もまた、国・通貨・資産クラスを分けておくことで、特定の場所で起きた政治リスクを、全体として薄めることができるのです。
あくまで一個人の見解ではありますが、資源を持たない国が、知恵を絞って供給源を世界中に分散させ、エネルギー安全保障を保とうとしている姿は、私たち個人投資家にとっての、何よりの手本だと感じています。持たざる者だからこそ、一点に頼る危うさを知り、分散によって備える。この「持たざる者の知恵」こそ、政治リスクという制御不能な力と、長く賢く付き合っていくための、現実的な羅針盤なのだと、私は考えています。
まとめ——政治は読めない、だからこそ国・通貨・資産クラスを分ける
第11話では、「政治リスクは株価を動かす」を題材に、エネルギー・安全保障・ナショナリズムといった政治の力が、どのように資産価値を動かすのかを、特定の国や立場を称賛も非難もせず、構造として見つめてきました。要点を振り返っておきましょう。
- エネルギーは単なる商品ではなく、しばしば「交渉のための力」として働く。資源をめぐる一つの政治的判断が、世界中の株価や為替を連鎖的に揺らす。
- 経済は純粋な経済合理性だけでは動かない。安全保障とナショナリズムという「政治の地図」が経済の地図に重なり、その重なりで実際の値動きが決まる。そしてこの政治の地図は、個人には制御できない。
- 政治リスクは、政策が企業利益を直接変える経路・不確実性そのものが値動きを荒くする経路・為替や金利を通じた間接経路を通じて、日々確実に資産価値に作用している。
- 政治リスクは「当てる」ことでは薄められない。制御も予測もできないからこそ、賭ける先を世界中に散らす「分散」だけが、唯一の現実的な防御になる。第1話で見た、ある国の株式が政治情勢の急変で事実上売れなくなった事例は、一点集中の危うさを生々しく示している。
- 資源輸入国がエネルギーの供給源を分散して安全保障を保つのと、個人が国・通貨・資産クラスを分けて政治リスクに備えるのは、規模こそ違え、まったく同じ「持たざる者の知恵」である。
政治・政策・地政学は、私たち個人には、どうしても制御できません。どれだけ勉強しても、正確には読み切れない。けれど、読み切れないからといって、無防備でいる必要はないのです。一国に集中させれば、政治リスクをそのまま丸ごと抱え込むことになる。けれど、国を分け、通貨を分け、資産クラスを分けておけば、どこか一か所で政治の嵐が起きても、それは全体の一部にとどまる。これが、制御不能な力に対して、私たち個人が取りうる、唯一にして最も現実的な防御です。借金についても、複利についても、私の基本的な姿勢は変わりません。見えにくいコストや、自分には決められない外部の力を、恐れて固まるのでも、無視して突っ込むのでもなく、冷静に天秤にかけ、一点に運命を預けきらない設計を土台に据えておく。あくまで一個人の見解ではありますが、政治という「読めない力」と長く向き合ってきた末に私がたどり着いたのは、「読もうとするより、散らしておく」という、静かで確かな備えでした。
次回・第12話の予告: 次回は、緩衝地帯と主権を主役に、話を進めていきます。今回見た「政治リスクは、個人には制御できない力として資産を動かす」という事実は、国と国との間に横たわる「緩衝地帯」をめぐる緊張という、より根の深い構造へとつながっていきます。なぜ国家は緩衝地帯を求め、それが地政学的なリスクをどう生み、私たちの資産設計にどんな示唆を与えるのか――特定の立場に与することなく、あくまで「主権と安全をめぐる構造が、投資にどう作用するか」という視点から、さらに深く考えていく回です。第12話:緩衝地帯と主権 へ続く。どうぞお楽しみに。
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