緩衝地帯と主権|地政学が資産価格を動かすとき・ロシアから学ぶ資産形成シリーズ第12話

投資・資産運用

4児のシングルファーザーとして子育てをしながら、20年大家・20年個人事業主・20年投資家として歩んできた私が、「国家から学ぶ資産形成シリーズ」のロシア編をお届けしています。今回は第12話です。第11話「政治リスクは株価を動かす――エネルギー・安全保障・分散」をまだお読みでない方は、第11話と、ロシア編の全体像をまとめたロシアから学ぶ資産形成シリーズ・ハブに先に目を通していただくと、今回の話がいっそう立体的に伝わるかと思います。

はじめに、いつもどおりお断りしておきます。本シリーズは、特定の国家・政治体制・思想・人物を称賛したり非難したりする意図はまったくありません。今回の主題は「緩衝地帯と主権――地政学が資産価格を動かすとき」です。地図の上で隣り合う国々の間には、しばしば緊張が生まれます。そして、その緊張は、私たち個人投資家の資産に、ときに静かに、ときに激しく作用します。けれど本稿は、どちらの国の言い分が正しいか、どちらの立場が正義かを論じるためのものではありません。私が見つめたいのは、もっと中立で普遍的な構造――地理という、誰にも動かせない条件のうえに、「緩衝地帯が欲しい側」と「主権の自由を求める側」という二つの論理が生まれ、その衝突が地政学リスクとなって資産価格を動かすという一点です。なお、記載はあくまで私個人の見解であり、最終的な判断はご自身の責任で行っていただくことが大前提です。お金や資産に関わる、そして立場によって見え方が大きく変わる話ですので、どうか慎重に、ご自身の状況に照らしてお読みいただければと思います。

二つの視点——「緩衝地帯が欲しい側」と「主権の自由を求める側」

地政学を考えるとき、私がいつも自分に言い聞かせていることがあります。それは、「立場が違えば、同じ地図がまるで違って見える」という、当たり前のようでいて、つい忘れてしまう事実です。今回の主題である「緩衝地帯と主権」も、まさにこの二つの視点の衝突として捉えると、ぐっと見通しがよくなります。どちらか一方に肩入れするのではなく、まず両方の論理を、それぞれの内側から眺めてみたいと思います。

一つ目の視点は、「緩衝地帯が欲しい側」です。緩衝地帯とは、大きな国と国との間に挟まれた、いわば「あいだの土地」のことです。国家というものは、突き詰めれば「自国の安全と存続」を最優先します。これは前回の第11話でも触れた、どんな国にも備わった根源的な欲求です。そして、自国の安全を考える側にとって、国境のすぐ向こうに、いつ脅威になるか分からない大きな力が直接接していることは、強い不安の種になります。だからこそ、自分と相手の大国との間に、緩衝となる「あいだの土地」があってほしいと願う。緩衝地帯があれば、いざという時に時間と距離の余裕が生まれ、直接ぶつかる事態を避けられる――こう考えるのは、その立場に立てば、決して特殊な発想ではなく、ごく自然な安全保障の論理なのです。

二つ目の視点は、「主権の自由を求める側」です。緩衝地帯と呼ばれる「あいだの土地」にも、当然そこに暮らす人々がいて、一つの独立した国家として、自分たちの進路を自分たちで決める権利――すなわち主権を持っています。どの国と手を結ぶか、どんな体制を選ぶか、どこへ向かっていくか。それを外部から「お前は緩衝地帯であれ」と一方的に枠にはめられることは、その国にとっては、自らの主権が損なわれることにほかなりません。大国の安全保障の都合のために、自分たちの自由な選択を制限されたくない――これもまた、その立場に立てば、極めてまっとうな主張です。

ここで大切なのは、この二つの論理は、どちらも、それぞれの立場から見れば筋が通っているということです。緩衝地帯を求める側は、自国の安全を守りたいだけ。主権の自由を求める側は、自分たちの進路を自分で決めたいだけ。どちらも、悪意から出発しているわけではありません。けれど、その二つの「もっともな願い」が、同じ地理のうえで真正面からぶつかったとき、解きほぐすのがきわめて難しい緊張が生まれる。善と悪の対立ではなく、善意と善意、あるいは正当な利害と正当な利害が、地理という限られた土地のうえで衝突する。これこそが、緩衝地帯をめぐる地政学的緊張の、根っこにある構造なのだと、私は受け止めています。どちらかを断罪して済む話ではないからこそ、この緊張は根深く、繰り返し再燃するのです。

地理が生む安全保障の論理——なぜ境界地帯は緊張するのか

では、なぜ国と国との「境界地帯」は、こうも繰り返し緊張の舞台になるのでしょうか。その根っこには、人間の意思ではどうにも動かせない、「地理」という変えられない条件があります。ここからは、特定の国・特定の立場への評価をいったん離れ、「地理が安全保障の論理をどう生むのか」という、どの時代・どの地域にも当てはまる一般的な構造を見ていきます。

地理の何が、そんなに大きいのか。一つは、地形そのものが、攻めやすさ・守りやすさを左右するという点です。高い山脈や広い海、大きな川は、外部からの脅威を自然にさえぎる「壁」として働きます。逆に、見渡すかぎりの平地が広がっている地域は、さえぎるものがなく、外から入ってこられやすい。自然の壁を持たない国にとって、国境の向こうに広がる平地は、そのまま「いつでも脅威が押し寄せうる方向」になります。だからこそ、自然の防壁を持たない国ほど、人為的な緩衝――つまり「あいだの土地」を、安全の余白として強く求める傾向が生まれるのです。これは特定の国の特殊事情ではなく、地形の有無から論理的に導かれる、普遍的な力学です。

もう一つは、「距離」が、そのまま安全の余裕になるという点です。脅威となりうる大きな力が、国境のすぐ外に直接接しているのと、間に一国分の距離を挟んでいるのとでは、いざという時の備えの時間がまるで違います。直接接していれば、何かが起きたとき、対応する間もなく影響が及ぶ。けれど、間に緩衝地帯があれば、そのぶんの時間と距離が、判断と準備の余裕を生む。緩衝地帯への欲求は、煎じ詰めれば「安全のための時間と距離が欲しい」という、地理に根ざした切実な要求なのです。そして同時に、その「あいだの土地」に暮らす人々にとっては、自分たちの土地が他者の安全保障の道具として扱われることへの反発が生まれる。地理が安全保障の論理を生み、その論理が主権の論理とぶつかる――この連鎖が、境界地帯を繰り返し緊張させていきます。

さらに見落とせないのが、歴史の記憶が、地理の論理を増幅させるという点です。過去に、まさにその方向から大きな脅威が押し寄せ、深い痛みを経験した国は、その記憶を世代を超えて受け継ぎます。「あの方向は危ない」という集合的な記憶は、地形という客観的条件と結びついて、安全保障への意識をいっそう強固なものにする。地理という変えられない条件のうえに、歴史という消えない記憶が積み重なって、その地域特有の「安全への執着」が形づくられていくのです。私たち外部の人間が「なぜそこまで」と感じる緊張の背景には、たいてい、地形と歴史が幾重にも折り重なった、長い時間の蓄積があります。

ここで私が強調しておきたいのは、これらの地理の論理は、良い悪いを超えて、構造として存在しているということです。前回の「エネルギーという武器」と同じく、緩衝地帯をめぐる緊張も、特定の悪意から生まれるというより、地理という動かせない条件から半ば必然的に立ち上がってくる力学です。そして、その力学が高まったとき、私たち個人投資家は、自分ではどうにもできない大きな波に、否応なくさらされる。地理は、私たち一個人がどれだけ願っても、決して変えられません。その変えられない条件のうえで起きる緊張に、どう備えるか――ここに、地政学リスクと向き合う出発点があります。

緊張が市場に波及する経路——エネルギー・通貨・供給網

では、緩衝地帯をめぐる緊張は、どのような道筋で、私たちの資産の値段にまでしみ出してくるのでしょうか。地政学リスクは抽象的に聞こえますが、市場への波及の経路は、意外なほどはっきりしています。ここでは、その作用を「見える化」してみたいと思います。

第一の経路は、「エネルギー価格を通じた波及」です。緊張が高まる地域が、たまたまエネルギー資源の産地であったり、その輸送路にあたっていたりすると、市場はすぐに「供給が細るのではないか」という不安を織り込み始めます。前回見たとおり、供給への不安が広がるだけで、エネルギーの国際価格は跳ね上がる。そして、その上昇は、エネルギーを輸入に頼る国々の物価や企業のコストへと、ドミノのように波及していきます。遠い地域の地政学的な緊張が、エネルギー価格という配管を通って、世界中の物価と企業業績に作用し、巡り巡って株価や為替を揺らす。これが、地政学リスクが市場に届く、最も分かりやすい経路です。

第二の経路は、「通貨と資金の移動を通じた波及」です。地政学的な緊張が高まると、投資家は「より安全とされる場所」へ資金を移そうとします。緊張の渦中にある地域や、その影響を受けやすい国の通貨は売られやすくなり、資金は安全と見なされる通貨や資産へと流れていく。この資金の大移動が、為替を大きく動かし、世界中の株式市場や債券市場を、連鎖的に揺らしていきます。地政学的な不安は、人々を「安全への逃避」へと向かわせ、その一斉の動きそのものが、自分の保有資産の値段を動かすのです。ここでも、前回強調した「不確実性そのものが値動きを荒くする」という力学が、はっきりと働きます。実際に何かが起きる前から、「起きるかもしれない」という不安だけで、市場は揺れ始めるのです。

第三の経路は、「供給網――サプライチェーンを通じた波及」です。現代の経済は、無数の国と企業が、国境を越えて部品や原材料をやり取りしながら、複雑に絡み合って成り立っています。ある地域で地政学的な緊張が高まり、モノの流れがせき止められると、その影響は、遠く離れた国の工場や企業にまで及びます。必要な部品が届かず生産が止まる、輸送路が断たれて納期が乱れる、調達コストが跳ね上がる――こうした目詰まりが、関連する企業の業績見通しを変え、株価を動かしていく。地政学的な緊張は、エネルギーや通貨だけでなく、世界中に張りめぐらされたモノの流れそのものを通じて、自分の保有資産にまで波及してくるのです。

こうして並べてみると、緩衝地帯をめぐる緊張は、決して「遠い地域の、他人事の出来事」ではなく、エネルギー・通貨・供給網という複数の配管を通じて、確実に資産価値に作用する現実の力だと分かります。そして、ここでも繰り返し浮かび上がるのは、これらの経路のどれもが、私たち個人にはコントロールできない、という事実です。どこで緊張が高まるか、いつエネルギー価格が跳ねるか、資金がどちらへ逃げるか、どの供給網が断たれるか――そのすべてが、私たちの手の届かないところで決まっていく。だからこそ、次に考えるべきは「どう当てるか」ではなく、「当てられないことを前提に、どう備えるか」なのです。

投資家への教訓——地政学イベントは突発・不可避・分散で備える

ここから、20年の投資経験を踏まえた教訓に入ります。緩衝地帯をめぐる地政学イベントには、私が痛感してきた三つの厄介な性質があります。それが「突発的であること」「不可避であること」、そしてだからこそ「分散でしか備えられないこと」です。順に見ていきましょう。

第一に、地政学イベントは「突発的」です。緩衝地帯をめぐる緊張は、地理と歴史を背景に長くくすぶっていますが、それが実際に表面化する瞬間は、たいてい予告なくやってきます。市場が穏やかに見えていたある日、突然ニュースが飛び込み、エネルギー価格が跳ね、通貨が動き、株価が大きく揺れる。地政学イベントは、カレンダーに書き込めるような予定された出来事ではなく、いつ起きるか誰にも分からない、突発の衝撃として襲ってくる。専門家でさえ、その発生の時期や規模を繰り返し読み違えてきました。一個人が、限られた情報と時間のなかで、世界中の地政学的緊張がいつ表面化するかを当て続けるのは、現実的ではないどころか、かえって危険な賭けになりかねません。

第二に、地政学イベントは「不可避」です。地理は変えられず、歴史の記憶も消えず、安全保障と主権という二つの論理の衝突は、構造として存在し続けます。つまり、緩衝地帯をめぐる緊張そのものを、私たち個人の力でなくすことは、できません。長く投資を続けていれば、地政学的な緊張が市場を揺らす局面に、何度も出くわすことは避けられない。これは、嘆いても始まらない、前提として受け入れるべき現実です。「地政学リスクのない世界」を待っていても、その世界はやってこない。だとすれば、リスクが「ある」ことを前提に設計を組むしかないのです。

突発的で、かつ不可避。この二つを直視すると、結論は前回と同じ場所に行き着きます。地政学リスクは「当てる」ことでは薄められない。当てられないし、なくせない。だからこそ、賭ける先をあらかじめ広く散らしておく「分散」だけが、唯一の現実的な防御になる、ということです。一つの国・一つの地域に資産を集中させていれば、そこで地政学的な嵐が起きたとき、資産全体がもろにその波を受けます。逆に、世界中の多くの国・多くの企業・複数の資産クラスに広く分散していれば、どこか一か所で緊張が表面化しても、それは全体の一部にとどまる。ある国・ある地域が地政学リスクで沈んでも、別の国・別の地域がそれを補い、全体としては大きく崩れない――分散とは、この「補い合い」の網を、突発の衝撃が来る前に、あらかじめ世界中に張っておくことなのです。

ここで思い出していただきたいのが、このシリーズの第1話でも触れた、ある出来事です。世界的な政治情勢の急変によって、ある国の株式が、海外の投資家にとって事実上「売るに売れない」状態に陥ったことがありました。それまで普通に取引できていた資産が、地政学という外部の力によって、ある日突然、価値の確認も換金もままならない状態になってしまう。これこそ、地政学イベントが突発的に、そして不可避に、個人の資産に牙をむいた、最も生々しい実例です。もしそのとき、自分の資産の大半をその一国に集中させていたら、逃げ場のないまま、資産の大きな部分が凍りついてしまったことでしょう。けれど、世界全体に広く分散していれば、その一国分の打撃は、全体の一部にとどまります。「一点集中はこのリスクを丸ごと抱え込み、全世界分散はそれを薄める」――この対比が、これ以上ないほど鮮明に表れた出来事でした。

私が、一国・一地域・一テーマへの集中を避け、世界全体への幅広い分散を資産設計の土台に据えてきたのは、まさにこの理由からです。借金についても、複利についても、私の基本的な姿勢は変わりません。見えにくいコストや、自分には決められない外部の力を、恐れて固まるのでも、無視して突っ込むのでもなく、冷静に天秤にかけ、一点に運命を預けきらない設計を土台に据えておく。地政学リスクは、突発的で、不可避で、誰にも当てられない。だからこそ、当てようとするのをやめて、どこに嵐が来ても全体が沈まないように、賭ける先を世界中に散らしておく。あくまで一個人の見解であり、最終判断はご自身でお願いしますが、これ以上に堅実で現実的な備えを、私は知りません。

4児パパの視点——子どもに「立場が違えば見え方が違う」と教える

少し、子育ての話をさせてください。私には4人の子どもがいます。妻を病気で亡くしてから、一人で子どもたちと向き合うなかで、お金のことと同じくらい大切に伝えたいと思っていることがあります。それが、今回の主題ともまっすぐつながる、「立場が違えば、同じものでもまるで違って見える」という、世界の見方そのものです。

子どもたちのあいだでは、しょっちゅう、ささいな「もめごと」が起きます。おもちゃの取り合い、順番をめぐる言い争い、どちらが先に始めたかの押し問答。そのたびに私が心がけているのは、すぐにどちらかを「悪い」と決めつけないことです。片方の言い分を聞き、もう片方の言い分も聞く。すると、たいていの場合、どちらの子も、自分なりの「もっともな理由」を持っていることが分かります。一方は「先に使っていたのに取られた」と感じ、もう一方は「もう十分使ったから次は自分の番だ」と感じている。どちらも、自分の立場からは、ちゃんと筋が通っているのです。

これは、今回見てきた「緩衝地帯と主権」の構造と、驚くほどよく似ています。緩衝地帯を求める側にも、主権の自由を求める側にも、それぞれの立場から見れば、まっとうな論理がある。善と悪の対立ではなく、善意と善意、正当な利害と正当な利害がぶつかっている。世の中の根深い対立の多くは、一方が完全に正しく、もう一方が完全に間違っている、という単純な構図では成り立っていない。私が子どもたちに伝えたいのは、まさにこのことです。「相手にも、相手なりの理由があるかもしれない」と、一度立ち止まって想像してみる力。それは、もめごとを乱暴に裁かないための知恵であると同時に、世界を冷静に見るための、何より大切な土台になると思うのです。

そして、この「立場が違えば見え方が違う」という視点は、投資の世界でも、そのまま生きてきます。地政学的な緊張が高まると、ニュースやSNSには、しばしば「どちらが正しいか」をめぐる、感情的で熱を帯びた声があふれます。けれど、片方の立場だけに強く肩入れして、感情のままに資産を動かしてしまうと、たいてい冷静な判断を失います。「どちらの言い分にも理がある」という構図を理解したうえで、それでも自分にはこの緊張の行方は当てられない、と認める。その謙虚さがあって初めて、感情に流されず、分散という地道な備えに立ち戻ることができるのです。立場の違いを想像する力は、子育ての現場でも、投資の現場でも、人を冷静にしてくれます。

子どもたちには、いつか大人になったとき、世界のどこかで起きる緊張のニュースに触れて、すぐにどちらかを断罪するのではなく、「それぞれに、どんな事情や論理があるのだろう」と一度考えられる人になってほしい。そして、その冷静さを、自分の暮らしやお金を守るための知恵にも変えていってほしい。立場の違いを想像する力と、当てられないものは当てようとせず分散で備える姿勢――この二つは、別々のものではなく、同じ「冷静さ」から生まれる、地続きの知恵なのだと、私は子どもたちの背中を見ながら考えています。あくまで一個人の見解ではありますが、地政学という重いテーマも、突き詰めれば、子どものもめごとを裁くときの心構えと、根っこは同じなのかもしれません。

まとめ——地理は変えられない、だからこそ世界全体に分散して備える

第12話では、「緩衝地帯と主権――地政学が資産価格を動かすとき」を題材に、地理という変えられない条件のうえで二つの論理が衝突し、それが市場をどう揺らすのかを、特定の国や立場を称賛も非難もせず、構造として見つめてきました。要点を振り返っておきましょう。

  • 緩衝地帯をめぐる緊張は、「緩衝地帯が欲しい側」の安全保障の論理と、「主権の自由を求める側」の自己決定の論理が、地理という限られた土地のうえでぶつかることから生まれる。どちらも、それぞれの立場から見れば筋が通っており、善悪の単純な対立ではない。
  • 境界地帯が繰り返し緊張するのは、地形・距離・歴史の記憶という、人の意思では動かせない条件が積み重なるためであり、これは特定の国の特殊事情ではなく普遍的な力学である。
  • 地政学的な緊張は、エネルギー価格・通貨と資金の移動・供給網という複数の経路を通じて、確実に資産価値に波及する。実際に何かが起きる前から、不確実性そのものが値動きを荒くする。
  • 地政学イベントは突発的で、かつ不可避。当てられず、なくせないからこそ、賭ける先を世界中に散らす「全世界分散」だけが唯一の現実的な防御になる。第1話で見た、ある国の株式が政治情勢の急変で売れなくなった事例は、一点集中の危うさを生々しく示している。
  • 「立場が違えば見え方が違う」という視点は、子育ての現場でも投資の現場でも、人を冷静にする。感情的にどちらかへ肩入れせず、当てられないものは分散で備える――この謙虚さこそが、地政学リスクと長く付き合う土台になる。

地理は、私たち個人には、どうしても変えられません。そのうえで起きる緩衝地帯をめぐる緊張も、なくすことはできず、いつ表面化するかも読み切れない。けれど、読み切れないからといって、無防備でいる必要はないのです。一国・一地域に集中させれば、地政学リスクをそのまま丸ごと抱え込むことになる。けれど、国を分け、通貨を分け、資産クラスを分けて全世界に広げておけば、どこか一か所で地政学の嵐が突発的に起きても、それは全体の一部にとどまる。これが、突発的で不可避な力に対して、私たち個人が取りうる、唯一にして最も現実的な備えです。あくまで一個人の見解ではありますが、地政学という「読めない力」と長く向き合ってきた末に私がたどり着いたのは、ここでもやはり、「読もうとするより、世界全体に散らしておく」という、静かで確かな結論でした。


次回・第13話の予告: 次回は、資源大国の逆説を主役に、話を進めていきます。豊かな資源を持つことは、一見すれば大きな強みに見えます。けれど、その豊かさが、かえって国の経済をいびつにし、思わぬ弱点を生んでしまうことがある――この「持てる者の逆説」を、特定の国を評価することなく、あくまで構造として見つめていきます。資源という一つの強みに頼りきることの危うさは、今回見た「一点集中の危うさ・全世界分散の堅実さ」という主題とも、深くつながっていきます。第13話:資源大国の逆説 へ続く。どうぞお楽しみに。


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