意思決定の速さと分断|大統領制という設計・アメリカから学ぶ資産形成シリーズ第7話

投資・資産運用

アメリカから学ぶ資産形成シリーズも、いよいよ第7話となりました。前回の第6話では、アメリカという国の「お金が集まる仕組み」について、私なりの20年の体感を交えてお話ししました。シリーズ全体の地図はこちらのハブ記事にまとめてありますので、途中から読まれている方はそちらを先に眺めていただくと、流れがつかみやすいかもしれません。

今回のテーマは「意思決定の速さと分断」です。少し政治的に聞こえるかもしれませんが、私が書きたいのは政治論ではありません。アメリカという国が採用している大統領制という「設計(仕組み)」が、投資家である私たちの資産形成にどんな影響を与えるのか——そこを、特定の政党や政治家を支持も批判もしない立場から、あくまで「私個人の見解」として整理してみたいのです。

先にお断りしておくと、私は政治の専門家でも経済学者でもありません。4人の子どもを育てながら、20年にわたって大家業と事業と投資を続けてきた、ただの一人の生活者です。妻を病気で亡くし、子どもたちの未来を一人で背負う中で、「政治のニュースに振り回されずに資産を守るには、何を見ればいいのか」を必死に考えてきました。その実感の話だと思って読んでいただければ幸いです。


大統領制と議院内閣制——何がどう違うのか

まず、土台となる仕組みの違いを整理しておきます。ここを押さえておかないと、後半の話が宙に浮いてしまうからです。なるべく教科書的になりすぎないよう、私の言葉でお伝えします。

アメリカが採用しているのは大統領制です。国民が選挙で大統領を直接(厳密には選挙人を通じて)選び、その大統領が行政府のトップとして強い権限を持ちます。一方で、日本やイギリスが採用しているのは議院内閣制です。国民が選ぶのは議会の議員で、その議会の多数派から首相が選ばれ、内閣を組織します。

権力の「分け方」が根本的に違う

両者の最大の違いは、立法府(議会)と行政府(内閣・大統領)の関係にあると私は理解しています。議院内閣制では、行政府が議会の信任の上に成り立っているため、両者は基本的に同じ方向を向きやすい構造です。首相は議会多数派の代表ですから、よほどのことがなければ法案は通っていきます。

これに対して大統領制では、大統領と議会がそれぞれ別々の選挙で選ばれます。つまり大統領の所属政党と、議会の多数派が異なるという事態が普通に起こります。これを「ねじれ」と呼んだりしますが、アメリカではこのねじれが珍しくありません。大統領は強い権限を持つ一方で、予算や重要法案は議会の協力がなければ動かせない。権力が意図的に分散され、互いに牽制し合うように設計されているのです。

観点 大統領制(米) 議院内閣制(日・英)
トップの選び方 国民が大統領を選出 議会多数派から首相を選出
立法と行政の関係 分離・相互牽制 一体・融合的
トップの任期 原則固定(任期満了まで) 議会解散などで変動しうる
政策の決まり方 強権発動も、停滞もありうる 多数派なら比較的スムーズ
権力集中の度合い 分散されやすい 集中しやすい

この表を眺めて、私が改めて感じるのは「どちらが優れているという話ではない」ということです。大統領制は権力を分散させることで暴走を防ぎつつ、いざというときには大統領が強力に動ける。議院内閣制は安定して政策を進めやすいが、トップの交代が頻繁に起こりうる。それぞれに長所と短所があり、その設計の違いが経済や市場にも独特の「クセ」を生むのだと、私は捉えています。

「設計」という言葉を使う理由

私がここで「制度」ではなく、あえて「設計」という言葉を使っているのには理由があります。家を建てるとき、間取りや構造をどう設計するかで、その家での暮らしやすさが大きく変わります。風通しのいい家、地震に強い家、収納の多い家——設計思想によって長所も短所も最初から決まってくる。国の統治の仕組みも、私にはこれとよく似て見えるのです。

20年間、大家として古い物件から新しい物件まで扱ってきて、私は「建物は設計が9割」だと痛感してきました。後からどんなに手を入れても、根本の設計が悪ければ住み心地は限界がある。逆に設計がしっかりしていれば、多少の不具合は修繕で吸収できる。国の経済も同じで、誰がトップに座るかという「住人」より、どんな統治設計をしているかという「間取り」のほうが、長期では効いてくる——後の章で詳しく触れますが、この発想は私の投資判断の土台になっています。

そして、投資家としての私が大事にしているのは、こうした仕組みの違いを知ったうえで、結局のところ「政治の形がどうであれ、長期で淡々と積み立てる」という軸はぶらさないということです。仕組みを理解するのは、振り回されないためであって、振り回されるためではありません。S&P500やオルカン(全世界株式)への積立は、政治制度の違いを乗り越えて経済全体の成長を取りに行く手段だと、私は20年かけて確信するようになりました。

速く決められる強さ(危機対応・大型投資・国家プロジェクト)

大統領制の強みとして、私がまず挙げたいのが「速く決められる」場面があることです。もちろん前述の通り議会とのねじれがあると停滞もしますが、大統領が持つ権限の範囲では、驚くほど機動的に動けることがあります。

危機のときに見せる瞬発力

過去を振り返ると、大規模な金融危機やパンデミックのような非常時に、アメリカが見せた政策対応のスピードには、私自身、投資家として何度も助けられた記憶があります。中央銀行(連邦準備制度)の素早い利下げや資金供給、政府による大型の財政出動。これらが矢継ぎ早に打ち出される様子を見て、「この国は危機のときに止まらないんだな」と感じたものです。

もちろん、その対応が常に正しかったかどうかは、後世の検証を待つべきテーマです。私はその是非を断定する立場にはありません。ただ、市場参加者の一人として「動かない政府より、動く政府のほうが市場は安心しやすい傾向がある」というのは、肌感覚として持っています。これはあくまで私個人の見解ですが。

大型投資・国家プロジェクトを描ける力

もう一つ、大統領という強いリーダーシップがあることで、長期の大型プロジェクトや産業政策の旗が立てやすい、という側面もあると感じます。インフラ、エネルギー、先端技術——こうした分野に国家として大きな方向性を示せるのは、トップに一定の権限が集中している大統領制ならではの面があるのかもしれません。

大家業をしていると、ときどき「街全体の再開発」のような大きな計画に物件が巻き込まれることがあります。一棟の大家が一人でできることには限界がありますが、自治体や国が大きな旗を立てると、街の人の流れそのものが変わる。良くも悪くも、強い旗振り役がいると景色が一変するのです。国家プロジェクトの力というのは、それの何百万倍も大きなスケールの話なのだろうと、私は想像しています。

ただ、ここで投資家として冷静に思うのは、「旗が立つこと」と「その分野が投資で報われること」は別問題だということです。国が力を入れた産業が、必ずしも投資家にリターンを返してくれるとは限りません。期待が先行しすぎて株価が割高になり、後から失望に変わることもある。だから私は、国家プロジェクトの華やかなニュースほど、一歩引いて眺めるようにしています。

速く決められることは、平時には「やりすぎ」のリスクにもなり、危機時には「救い」にもなる。同じ仕組みが、局面によって表情を変える——これが大統領制を見ていて私が一番おもしろいと感じる点です。

では、この「速さ」を私たち個人投資家はどう受け止めればいいのか。私の答えはシンプルです。速い政策はチャンスにもリスクにもなるので、個別に張らず、市場全体に乗っておく。どの産業が国策で伸びるかを当て続けるのは至難の業です。だからこそ、S&P500やオルカンのように「市場全体」を持っておけば、国家プロジェクトの恩恵も、ある銘柄の失速も、まるごと平均化して受け取れる。政策の速さに翻弄されず、その果実だけを長期で受け取る——私はそういう距離の取り方をしています。

その代償としての分断と政策の振れ

ここまで「速さ」という強みを書いてきましたが、当然、光があれば影もあります。大統領制が抱える代償、それが分断と政策の振れだと私は考えています。

勝者と敗者がはっきりする構造

大統領選挙は、最終的に一人の勝者を決める戦いです。議院内閣制のように連立で妥協点を探るというより、「どちらの陣営が勝つか」という構図になりやすい。その結果、選挙のたびに国民の間で立場の違いが鮮明になり、社会の分断が可視化されやすい——これは、外から眺めている私にもしばしば伝わってきます。

繰り返しますが、私はどちらの陣営にも与しません。ここで言いたいのは、政治的な善悪ではなく、「勝者総取りに近い仕組みは、構造的に分断を生みやすい」という設計上の特性があるのではないか、という観察です。

政権が変わると政策が振れる

もう一つの代償が「政策の振れ」です。大統領が交代すると、前政権が進めていた政策が大きく方向転換されることがあります。エネルギー政策、通商政策、規制のあり方——こうしたテーマが、政権交代のたびに振り子のように揺れる場面を、私は何度も見てきました。

投資家にとって、この振れは正直なところ悩ましいものです。ある政権下で有利だった業界が、次の政権では逆風にさらされる。特定の分野に集中投資していると、政権交代だけで資産が大きく揺さぶられかねません。私自身、若い頃にこの「政策の振れ」を読もうとして、何度か痛い思いをしました。

具体的にどんな失敗をしたかと言えば、「次の政権はきっとこの分野を後押しするはずだ」と読んで、関連しそうな銘柄に資金を寄せたことが何度かありました。ところが、選挙結果が予想と違ったり、当選しても公約どおりに政策が進まなかったりで、思惑はことごとく外れました。政治家の発言は、実際の政策になるまでに議会や予算という関門をいくつも通らねばならず、言葉どおりに実現するとは限らない——これを身銭を切って学んだのです。

4人の子どもを育てる身として、こうした「読み」に大きな金額を賭けることが、だんだん怖くなっていきました。当たれば嬉しいけれど、外れたときに失うものが大きすぎる。子どもたちの教育費や将来の備えを、自分の政治予想に賭けるわけにはいかない——そう考えるようになってから、私は「振れを読む」発想そのものを手放していきました。

では、この振れにどう対処してきたか。やはり答えは同じです。政策の振れを当てにいかず、振れの影響が打ち消し合う「全体」を持つこと。ある業界が逆風でも、別の業界は追い風かもしれない。S&P500やオルカンを長期で持っていれば、政権交代に伴う業界ごとの浮き沈みは、ポートフォリオの中である程度ならされていきます。分断や政策の振れというノイズを、長期分散で受け流す——これが、痛い思いから私がたどり着いた知恵です。

政権交代で株価は本当に決まるのか——私の20年の実感

ここからは、もう少し私の個人的な実感に踏み込みます。「政権が変われば株価も変わる」——よく聞く話です。果たして本当にそうなのか。20年投資を続けてきた私なりの、あくまで主観的な振り返りをお話しします。

短期では「効く」ように見える

選挙の結果が出た直後、市場が大きく動くことは確かにあります。「この政権なら○○業界が伸びる」「いや、この政策は株価に逆風だ」——そんな解説が飛び交い、短期的には株価がそれらしく反応する。私も若い頃は、こうした解説をニュースで追いかけ、「次はこっちが上がるはずだ」と銘柄を入れ替えていた時期がありました。

けれども、振り返ってみると、その短期の動きを当て続けることはほとんどできませんでした。当たることもあれば、外れることもある。トータルで見れば、政権の予想に基づいて売買を繰り返した時期は、ただ淡々と積み立てていた時期に成績で勝てていなかった——これが、恥ずかしながら私の正直な実感です。

長期では「国の構造」のほうが効いている気がする

一方で、10年、20年という長い目で見ると、どの政権だったかよりも、その国の経済が長期的に成長し続けられる構造を持っていたかどうかのほうが、はるかに大きく効いているように私には感じられます。誰が大統領であっても、企業は利益を上げようと努力し、人々は働き、消費し、技術は進歩していく。その積み重ねが、長期の株価を押し上げてきた——少なくとも私が見てきた20年は、そう見えました。

政権交代は天気のようなもの。今日が晴れか雨かは生活に影響するけれど、その土地が農業に向いているかどうかを決めるのは、もっと長い目で見た気候や地質のほうだ——私は政治と株価の関係を、そんなふうにイメージしています。

もちろん、これは私個人の見解にすぎず、将来も同じことが続く保証はどこにもありません。過去がそうだったから未来もそうとは限らない——投資の世界で、これだけは断言してはいけないと自分に言い聞かせています。それでも、「政権交代で株価が決まる」という見方に振り回されるより、長期の成長を信じて積立を続けるほうが、私には合っていた。だからこそ、S&P500やオルカンへの積立は、どの政権下でも止めずに続けてきました。

「誰が大統領か」より「国の構造が壊れていないか」を見る

前の章の話を、もう一歩進めます。では、私たち長期投資家が政治を見るとき、いったい何に注目すればいいのか。私がたどり着いた答えは、「誰が大統領か」ではなく「国の構造が壊れていないか」を見る、というものです。

私が「構造」として見ているもの

抽象的なので、私が具体的に何を気にしているかを挙げてみます。これは投資判断の正解という意味ではなく、私が安心して長期投資を続けるために、自分なりに「ここが大きく崩れていなければ大丈夫」と思っている目安です。

  • 法の支配が機能しているか——契約や財産権が、政権の都合で簡単に覆されない国か。
  • 権力の暴走を止める仕組みが生きているか——三権分立や報道、選挙といったチェック機能が働いているか。
  • 通貨や金融システムへの信頼が保たれているか——お金の価値や決済の仕組みが信頼できる状態にあるか。
  • 新しい企業や産業が生まれ続ける土壌があるか——挑戦する人が報われ、経済が新陳代謝できているか。
  • 人口や働き手の活力が極端に失われていないか——長期で経済を支える担い手がいるか。

これらは政治家個人の人気や、一回の選挙結果とは別の次元の話です。むしろ、誰がトップに立っても、こうした土台(構造)が大きく壊れていなければ、その国の経済は長期で成長していける可能性が高い——私はそう考えて、毎日のニュースの見出しに一喜一憂しすぎないように努めています。

構造を見れば、一国に賭けすぎない判断もできる

さらに言えば、「一つの国の構造が完璧かどうか」を完璧に見抜くことは、私のような素人にはできません。だからこそ、私は一国に賭けすぎないことも大切にしています。アメリカの構造に魅力を感じつつも、全世界に分散するオルカンを併せ持つことで、「もし自分の見立てが外れていても、世界のどこかが伸びていればいい」という保険をかけているわけです。

結局のところ、「誰が大統領か」を当てにいくのではなく、「構造が壊れていないか」をゆるく見守りながら、S&P500やオルカンを淡々と積み立てる。構造への信頼が大きく揺らがない限り、政権交代くらいで積立の手を止める理由にはならない——これが、私の長期投資の基本姿勢です。

「ゆるく見守る」くらいがちょうどいい

ここで「ゆるく」と書いたのには意味があります。構造を見るといっても、毎日血眼になってチェックする必要はない、というのが私の実感だからです。法の支配や金融システムへの信頼といったものは、そう簡単に一夜で崩れるものではありません。崩れるときは、たいてい何年もかけてじわじわと兆候が出てくる。だから、年に数回、ニュースを振り返って「大きな枠組みはまだ大丈夫そうだな」と確認するくらいで十分だと、私は考えています。

むしろ、構造を細かく監視しすぎると、些細な政局のニュースまで「構造の危機」に見えてきて、かえって不安になります。森を見るために、一本一本の木に近づきすぎないこと。長期投資においては、この距離感そのものが大事なスキルなのだと、20年かけて学びました。私はこの「ゆるさ」のおかげで、政治のニュースから精神的に距離を置きつつ、積立だけは止めずに続けてこられたのだと思います。

政治ノイズに積立を止めなかった理由

最後の章では、これまでの話を私自身の行動に落とし込みます。なぜ私は、これだけ政治のニュースが騒がしくても、積立を止めなかったのか。その理由を、正直にお話しします。

止めたくなった瞬間は、何度もあった

正直に告白すると、「今は政治が不安定だから、いったん積立を止めて様子を見ようか」と思った瞬間は、数えきれないほどありました。選挙の前後、政策が大きく揺れたとき、市場が荒れたとき。妻を亡くし、子ども4人を一人で育てる身としては、わずかな不安でも大きく感じられるものです。「自分の判断ミスで、子どもたちの将来を危うくするわけにはいかない」——その重圧は、今でも消えません。

それでも止めなかった、三つの理由

それでも積立を続けられたのは、自分の中で次の三つを繰り返し確認してきたからです。

  1. 政治ノイズの「賞味期限」は短い——選挙や政局の話題は、数週間から数か月で次のニュースに上書きされていく。一方で私の投資の時間軸は10年、20年です。短い賞味期限のニュースで、長い時間軸の計画を変えるのは割に合わないと考えました。
  2. 止めるタイミングも、再開するタイミングも、私には当てられない——「不安だから止める」と決めても、では「いつ買い戻すのか」を正しく判断できる自信が、私にはまったくありませんでした。止めて、結局買い戻せず、上昇局面を逃す——これが一番こわいシナリオだと気づいたのです。
  3. 積立は「考えないこと」に価値がある——毎月決まった額を、市場や政治の状況に関係なく機械的に買う。この「考えないで続ける仕組み」こそが、感情に流されやすい私自身を守ってくれる装置でした。政治ノイズに反応しないこと自体が、私にとっての戦略だったのです。

政治のニュースは、私の感情を揺さぶる名人です。だからこそ私は、感情で動かせない「自動積立」という仕組みを、自分と市場の間に挟んでおく。仕組みが、弱い私の代わりに淡々と買い続けてくれる——これが、20年続けてたどり着いた私なりの答えです。

もちろん、これは私個人のやり方であって、誰にとっても正解だとは言えません。投資には元本割れのリスクがあり、将来の成果を保証するものでもありません。借金をしてまで投資に突っ込むようなことも、私はしてきませんでした。あくまで、生活に無理のない範囲で、長期・分散・積立を淡々と続ける。S&P500やオルカンへの毎月の積立を、政局がどう動こうと止めない——その一点を守り続けてきただけです。

まとめ——制度を知るのは、振り回されないため

今回は、アメリカの大統領制という「設計」を入り口に、意思決定の速さと分断、そして政治と株価の関係について、私の20年の実感を交えてお話ししました。最後に、要点を私なりに整理しておきます。

  • 大統領制は権力を分散させつつ、いざというときに速く動ける反面、分断や政策の振れという代償を抱えやすい設計だと私は捉えています。
  • 短期では政権交代が株価に効くように見えても、長期では「誰がトップか」より「国の構造が壊れていないか」のほうが効いているように、私には感じられました。
  • だからこそ私は、政治ノイズに反応せず、構造への信頼が大きく揺らがない限り、S&P500やオルカンへの積立を止めない——これを基本姿勢にしてきました。

制度や政治を学ぶ意味は、それを使って株価を当てるためではなく、むやみに振り回されないためだと私は思っています。知れば知るほど、「短期の政局では何も決まらないし、私には当てられない」とわかってきて、かえって落ち着いて積立を続けられるようになりました。これは私個人の見解にすぎませんが、もし同じように政治のニュースで不安になっている方がいれば、少しでも肩の力を抜くきっかけになれば嬉しいです。


このシリーズを最初から読みたい方は第1話から、全体像をつかみたい方はシリーズのハブ記事を、さらに当ブログ全体の地図は統合ハブをご覧ください。

第8話:世界から見たアメリカの本当の立ち位置 へ続く

▶ 次の話:第8話 世界から見たアメリカの本当の立ち位置|5つの覇権

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