資源大国の逆説|資源があるのに、なぜ豊かになりきれないのか・ロシアから学ぶ資産形成シリーズ第13話

投資・資産運用

4児のシングルファーザーとして子育てをしながら、20年大家・20年個人事業主・20年投資家として歩んできた私が、「国家から学ぶ資産形成シリーズ」のロシア編をお届けしています。今回は第13話です。第12話「緩衝地帯と主権――地政学が資産価格を動かすとき」をまだお読みでない方は、第12話と、ロシア編の全体像をまとめたロシアから学ぶ資産形成シリーズ・ハブに先に目を通していただくと、今回の話がいっそう立体的に伝わるかと思います。

はじめに、いつもどおりお断りしておきます。本シリーズは、特定の国家・政治体制・思想・人物を称賛したり非難したりする意図はまったくありません。今回の主題は「資源大国の逆説――資源があるのに、なぜ豊かになりきれないのか」です。膨大な地下資源を持つことは、一見すれば、これ以上ない強みに見えます。けれど、世界を見渡すと、豊かな資源を抱えながら、その豊かさを国全体の安定した繁栄に変えきれずにいる国が、少なからず存在します。本稿で見つめたいのは、特定のどの国が良い・悪いという話ではなく、もっと中立で普遍的な構造――「単一の強力な収益源を持つこと」が、なぜかえって全体をいびつにし、思わぬ弱点を生んでしまうのかという一点です。なお、記載はあくまで私個人の見解であり、最終的な判断はご自身の責任で行っていただくことが大前提です。お金や資産に関わる、見方によって評価が大きく変わる話ですので、どうか慎重に、ご自身の状況に照らしてお読みいただければと思います。

膨大な資源——石油・天然ガス・石炭という富の山

まず、出発点として、「資源大国」とはどれほどの富を地下に抱えているのか、その大きさのイメージから共有しておきたいと思います。ここで具体的な一国を名指しして評価するのではなく、「広大な国土の地下に、石油・天然ガス・石炭といったエネルギー資源を、世界有数の規模で埋蔵している国」という、一般的な像を思い浮かべてみてください。

そうした国が地下に抱える資源の量は、文字どおり桁違いです。石油は、現代社会を動かす血液のような存在で、自動車も飛行機も、プラスチックも化学製品も、その多くが石油を起点にしています。天然ガスは、発電や暖房、工業の熱源として、世界中の暮らしと産業を支えています。石炭もまた、いまなお多くの国で電力の重要な柱です。これらのエネルギー資源を世界有数の規模で地下に持っているということは、世界が必要とし続ける「富の源泉」を、自国の領土の中にまるごと抱えているのに等しいのです。これは、どう考えても、巨大な強みです。

実際、こうした資源大国は、その資源を世界中に輸出することで、莫大な収入を得てきました。エネルギーは、好不況にかかわらず世界が必要とし続けるものですから、需要が完全に消えることはありません。掘り出して売れば、安定して外貨が入ってくる。国の予算も、その資源収入に大きく支えられる。地面を掘れば富が出てくる――これほど分かりやすく、強力な収益源は、そうそうあるものではありません。資源を持たない国から見れば、うらやましいかぎりの恵みに映ることでしょう。

ところが、です。ここからが今回の本題であり、世界の経済を眺めてきた私が、長く不思議に思ってきたことでもあります。これほど豊かな資源という「富の山」を抱えているはずなのに、その豊かさが、国民一人ひとりの安定した暮らしや、国全体の厚みのある繁栄に、必ずしもまっすぐ結びついていかないという現象が、しばしば観察されるのです。富の源泉が確かにそこにあるのに、なぜか豊かになりきれない。この一見すると矛盾した現象には、「資源の呪い」と呼ばれる、れっきとした構造的な理由があります。次の章から、その正体を一つずつ解きほぐしていきましょう。

資源の呪い——資源収入が産業多様化を遅らせる構造

「資源の呪い」という、少し不穏な響きの言葉があります。これは、特定の国を皮肉るための言葉ではなく、豊かな資源を持つ国でしばしば観察される、ある構造的な傾向を指す、経済の世界では広く知られた概念です。豊富な天然資源を持つ国が、かえって経済全体の発展でつまずきやすい――この、直感に反する現象の中身を、構造として見ていきます。

呪いの第一の中身は、「産業多様化が後回しになる」という点です。考えてみてください。地面を掘って資源を売れば、それだけで莫大な収入が入ってくる。これほど効率のよい稼ぎ方が手元にあると、人間も、国家も、わざわざ手間のかかる別の産業を地道に育てようという動機が、どうしても弱くなります。製造業を厚くする、技術力を磨く、サービス業やソフトウェア産業を伸ばす――こうした産業育成は、時間も労力もかかり、すぐには利益になりません。目の前に「掘れば儲かる」という近道があると、遠回りで地道な産業育成が、つい後回しにされてしまう。これが、資源の呪いの根っこにある力学です。

第二の中身は、「資源部門に富と人材が偏る」という点です。資源収入が国の経済の中心になると、お金も、優秀な人材も、政治の関心も、こぞって資源部門に吸い寄せられていきます。最も儲かる場所に、資源が集まるのは自然なことです。けれど、その結果、他の産業に回るはずだった資金や人材が痩せ細り、経済全体のバランスが、資源部門だけがいびつに突出した形になってしまう。一本の太い柱だけが異様に発達し、その他の柱が育たないまま、国全体の経済構造がアンバランスに固まっていくのです。これは、後で述べる「単一の収益源への依存」と、まさに同じ構図です。

第三の中身は、見落とされがちですが重要な、「資源収入が通貨を押し上げ、他産業を苦しめる」という点です。資源を輸出して大量の外貨が国に流れ込むと、その国の通貨は強くなりやすい。通貨が強くなると、輸入品は安く買える一方で、自国で作った製品は、海外から見て割高になり、輸出競争で不利になります。つまり、資源がもたらす外貨そのものが、製造業など他の輸出産業の足を引っ張ってしまうという、皮肉な作用が働くのです。豊かさの源であるはずの資源収入が、回り回って、産業の多様化をいっそう遠ざける。資源の呪いとは、こうした複数の力学が折り重なって生まれる、根の深い構造なのです。

ここで、私が強調しておきたいのは、これは決して、その国の人々の能力や努力の問題ではないということです。豊かな資源という、本来は幸運であるはずの恵みが、その存在自体によって、地道な産業育成のインセンティブを静かに削いでいく。誰かが怠けたからでも、誰かが間違えたからでもなく、「掘れば儲かる」という構造そのものが、半ば必然的に、こうした偏りを生み出していく。強すぎる一つの強みが、かえって全体の健全な発達を妨げる――この逆説こそ、資源大国の物語の核心であり、後で見るとおり、私たち個人投資家の資産設計にも、そっくりそのまま当てはまる教訓なのです。

一つの価格に運命を握られる——資源価格と国家財政の連動

資源の呪いには、もう一つ、見過ごせない深刻な側面があります。それが、国の財政が、資源価格という「一つの数字」に、運命を握られてしまうという問題です。産業が資源に偏り、収入の大半を資源輸出に頼る構造になると、国の予算そのものが、国際的な資源価格の上下に、まるで吊り橋のように揺さぶられるようになります。

資源の国際価格は、その国の都合とは無関係に、世界全体の需給によって決まります。世界の景気が良ければ需要が増えて価格は上がり、景気が冷え込めば需要が減って価格は下がる。新しい産地が見つかれば供給が増えて価格は下がり、どこかで供給に不安が生じれば価格は跳ね上がる。これらの要因は、いずれも当の資源国が単独でコントロールできるものではありません。つまり、収入の大半を資源に頼る国は、自分では決められない「外の数字」に、国家財政の命運を預けてしまっているのです。

資源価格が高いときは、国に潤沢な収入が流れ込み、すべてが順調に回っているように見えます。予算は潤い、さまざまな支出にも余裕が生まれる。けれど、ひとたび資源価格が大きく下落すると、国の収入は一気に細り、財政はたちまち厳しさに直面します。それまで当たり前に組めていた予算が組めなくなり、通貨が売られ、経済全体が動揺する。価格が高いときに浮かれて支出を膨らませていればいるほど、下落したときの落差は大きく、痛みは深くなります。一つの価格の上下が、そのまま国全体の好不調に直結してしまう――これが、単一の収益源に依存する経済の、最も危うい弱点です

私はこの構造を見るたびに、商売の世界で何度も目にしてきた光景を思い出します。一つの大口取引先、一つのヒット商品、一つの収益の柱に売上の大半を頼っている事業は、その柱が好調なうちは、誰よりも華やかに見えます。けれど、その一本の柱が何らかの理由で傾いた瞬間、事業全体が一気に崩れる。「強い一本の柱」は、それが太ければ太いほど、折れたときの倒壊もまた大きい。資源大国が抱える「一つの価格に運命を握られる」というリスクは、規模こそ国家レベルですが、構造としては、私たちの身近な商売や家計にも、そのまま通じる普遍的な弱さなのです。

そして、ここで思い出していただきたいのが、このシリーズで繰り返し見てきた「分散」という考え方です。収入源が一本しかなければ、その一本の不調が全体の致命傷になる。けれど、収入源が複数あれば、一つが不調でも、他がそれを補い、全体は持ちこたえられる。国の経済も、企業の経営も、そして私たち個人の資産も、この原理においては、まったく同じなのです。次の二つの章では、この「単一依存の弱さ」を、より鮮明にするために、対照的な構造を持つ二つの経済と比べてみたいと思います。

アメリカとの比較——「資源+金融・技術」という厚み

単一の収益源に依存することの弱さを浮かび上がらせるために、対照的な経済構造を持つ国と比べてみましょう。一つ目の比較対象は、本シリーズのアメリカ編でも見てきた、世界最大の経済を持つ国です。ここでもまた、特定の国を称賛する意図ではなく、あくまで「経済の厚み」という構造の違いを学ぶための比較として、ご覧いただければと思います。

意外に思われるかもしれませんが、この国もまた、世界有数のエネルギー資源を持つ「資源大国」の一面を備えています。広大な国土の地下には豊富な資源が眠り、技術の進歩によって、その産出量は世界でも上位に位置します。つまり、資源という強みにおいては、先ほど見た資源大国と、決して引けを取らないのです。けれど、この国の経済を見たとき、資源は数ある強みの「一つ」にすぎず、それだけに依存しているわけではない、という点が決定的に違います。

では、資源以外に、どんな柱があるのか。一つは、世界の中心にある巨大な金融市場です。世界中のお金が集まり、世界中の企業が資金を調達する舞台がそこにあり、金融そのものが、巨大な収益を生む産業として機能しています。もう一つは、世界をリードする技術力と、それを生み出す企業群です。私たちが日々使うソフトウェアやサービス、最先端の技術の多くが、この国の企業から生まれ、世界中から収益を集め続けています。さらに、巨大な消費市場、強力なブランドを持つ多様な製造業、世界中から人材が集まる大学や研究機関――資源・金融・技術・消費・人材という、複数の強力な柱が、互いに支え合いながら経済を成り立たせているのです。

この「複数の柱」という構造が、経済に途方もない「厚み」と「しなやかさ」を与えます。仮に資源価格が下落しても、金融や技術の柱がそれを補う。ある産業が不調でも、別の産業が経済を支える。一本の柱の不調が、ただちに全体の崩壊につながらない――これこそが、複数の収益エンジンを持つ経済の、最大の強さです。先ほど見た「一つの価格に運命を握られる」資源依存型の経済とは、まさに対極にある構造だと言えます。

私がここから受け取る教訓は、シンプルです。強さとは、一つの強みがどれだけ突出しているかではなく、複数の収益源を持ち、それらが互いを補い合えるかで決まる。豊かな資源を持ちながら、それを「数ある柱の一つ」として位置づけ、金融や技術といった別の柱も同時に育ててきた経済は、一つの数字の上下に運命を握られることがありません。これは、国の話であると同時に、そっくりそのまま、私たち個人が資産をどう設計すべきかという問いへの、力強い示唆になっています。

日本との比較——「資源なし+技術・加工貿易」という別解

二つ目の比較対象として、今度はまったく逆の条件を持つ経済を見てみましょう。それは、私たちが暮らすこの国――エネルギー資源にきわめて乏しく、その大半を輸入に頼らざるを得ない国です。ここでも特定の評価ではなく、「資源がないという条件のもとで、どう豊かさを築いたか」という構造の話として、ご一緒に考えていただければと思います。

資源を持たないという条件は、一見すれば、決定的に不利に思えます。掘れば儲かる「富の山」が地下にない以上、エネルギーも原材料も、お金を払って外から買ってくるしかありません。けれど、まさにその「資源がない」という制約こそが、結果として、まったく別の強さを生み出す原動力になりました。地面を掘れば儲かるという近道がなかったからこそ、人の知恵と技術を磨き、付加価値を生み出すしかなかったのです。これは、先ほど見た「資源の呪い」の、ちょうど裏返しの現象だと言えます。

この国が選んだ道は、「加工貿易」と呼ばれる構造でした。原材料やエネルギーを海外から輸入し、それを国内の高い技術力で加工して、価値の高い製品に作り変え、世界中に輸出する。原材料そのものには富がなくとも、それを優れた製品へと変える「技術」と「ものづくりの力」に、富の源泉を見出したのです。資源という「与えられた富」ではなく、技術という「生み出す富」を経済の柱に据えた――これが、資源を持たない国が選んだ、もう一つの解答でした。

この構造の興味深いところは、富の源泉が「地下の資源」ではなく「人の頭脳と技術」にある、という点です。資源は掘り尽くせば終わりですし、その価格は外の世界に握られています。けれど、技術や知恵は、磨けば磨くほど深まり、世代を超えて受け継ぎ、積み上げていくことができます。資源依存型が「一つの価格」に運命を委ねるのに対し、技術立国型は「人が積み上げる価値」に基盤を置く。どちらが絶対的に優れているという話ではありませんが、富の源泉が、外の数字に握られているのか、自らの内側で育てていけるのかという違いは、経済の安定性において、見過ごせない差を生みます。

ここまでの三つの経済を並べてみると、構造の違いがくっきりと見えてきます。資源大国は「一つの強力な収益源(資源)」に依存し、その分だけ一つの価格に揺さぶられる。世界最大の経済は「資源+金融+技術」という複数の柱で厚みを持つ。資源を持たない技術立国は「資源なし」という制約を、技術という別の柱に転換して豊かさを築いた。三者三様ですが、そこから浮かび上がる教訓は一つに収れんします――豊かさと安定は、強みの「大きさ」よりも、収益源の「数」と「補い合い」によって決まる、ということです。そして、この教訓こそ、私たち個人投資家が、自分の資産設計にまっすぐ持ち帰るべきものなのです。

投資家への教訓——「単一の収益源」への依存リスク

ここから、20年の投資経験を踏まえた教訓に入ります。今回見てきた「資源大国の逆説」は、私には、国家経済の話であると同時に、私たち個人の資産設計に対する、最も鮮明な警告として響いてきます。その核心を、一言で言えば、「単一の収益源に依存することの危うさ」です。順に解きほぐしていきましょう。

第一に、「一つの強力な収益源は、好調なときほど危うい」ということです。資源大国が、資源価格が高いときに最も豊かで盤石に見えたように、私たちの資産も、一つの収益源が絶好調のときほど、そこに集中させたくなる誘惑にかられます。一つの値上がりする資産、一つの好調な銘柄、一つの高利回りの投資先――それが順調なうちは、誰よりも効率よく増えているように見えます。けれど、「掘れば儲かる」が「その一本が傾けば全部傾く」と表裏一体であるように、一点集中の高い効率は、つねに一点集中の高い脆さと隣り合わせです。好調なときほど、その裏側にある脆さを忘れてはいけません。

第二に、「収益源が一本だと、自分では決められない一つの数字に運命を握られる」ということです。資源国の財政が資源価格という外の数字に揺さぶられたのと同じように、収益源を一つに集中させた資産は、その一つを左右する要因――それは個別企業の業績かもしれず、特定の市場の動向かもしれず、一つの国の情勢かもしれません――に、全体の運命を委ねることになります。そのたった一つの数字が大きく崩れたとき、補ってくれるものが何もない。これが、単一依存の最も恐ろしい点です。前回まで見てきた地政学リスクも、突き詰めれば「一国・一地域に集中していると、そこで嵐が起きたとき逃げ場がない」という、同じ構造の話でした。

では、どうすればよいのか。答えは、これまでの回と同じく、「複数の収益エンジンを持つこと」――すなわち分散です。世界最大の経済が「資源+金融+技術」という複数の柱で厚みを持ち、一本の不調を他が補えたように、私たちの資産も、複数の国・複数の資産クラス・複数の収益源に広げておけば、どれか一つが不調でも、他がそれを補い、全体としては大きく崩れない。これこそが、資源大国の逆説が、私たちに教えてくれる最大の実践的教訓です。一つの強力な柱に頼りきるのではなく、複数の柱で支える構造を、自分の資産の中にあらかじめ築いておく。

私自身、20年にわたって投資を続けるなかで、この「単一依存を避ける」という一点だけは、決して譲らずに守ってきました。大家として不動産からの賃料、事業主としての事業収入、投資家としての金融資産――収入の柱そのものを複数持ち、そのうえで金融資産の中身も、一国・一銘柄・一テーマに偏らないよう、世界全体に幅広く分散させてきました。一つの収益源がどれほど魅力的に見えても、そこに全財産を賭けることだけはしない。借金についても、複利についても、私の姿勢は変わりません。見えにくいリスクから目をそらして一点に突っ込むのでも、恐れて何もしないのでもなく、複数の柱で支える構造を冷静に組んでおく。強すぎる一つの強みが、かえって全体を脆くする――この資源大国の逆説を、私は自分の資産設計を戒める鏡として、いつも胸に置いています

あくまで一個人の見解であり、最終的な判断はご自身の責任でお願いしますが、豊かな資源という、誰もがうらやむ強みを持ちながら、その一点への依存ゆえに脆さを抱える――この国家規模の逆説ほど、「単一の収益源に運命を預けるな、複数のエンジンで全体を支えよ」という分散の本質を、雄弁に語ってくれる教材を、私は他に知りません。

まとめ——強みは「大きさ」より「数」、単一依存を避け複数のエンジンで支える

第13話では、「資源大国の逆説――資源があるのに、なぜ豊かになりきれないのか」を題材に、単一の強力な収益源に依存することの危うさを、特定の国を称賛も非難もせず、構造として見つめてきました。要点を振り返っておきましょう。

  • 世界有数の石油・天然ガス・石炭を抱える資源大国は、「掘れば儲かる」という強力な収益源を持つ。しかしその豊かさが、国民の安定した暮らしや厚みのある繁栄に、必ずしもまっすぐ結びつかないという逆説がしばしば観察される。
  • その背景には「資源の呪い」がある。資源収入が産業多様化のインセンティブを削ぎ、富と人材が資源部門に偏り、強い通貨が他産業を苦しめる。誰かの怠慢ではなく、「掘れば儲かる」という構造そのものが偏りを生む。
  • 収入を資源に頼る国は、自分では決められない「一つの価格」に国家財政の運命を握られる。価格が高いときは盤石に見えても、下落すれば一気に財政が傾く。これは商売の「一本の太い柱」が折れたときの倒壊と同じ構造である。
  • 世界最大の経済は「資源+金融+技術」という複数の柱で厚みを持ち、一本の不調を他が補う。資源を持たない技術立国は「資源なし」を技術という別の柱に転換して豊かさを築いた。豊かさと安定は、強みの大きさより収益源の「数」と「補い合い」で決まる。
  • 個人の資産も同じ。一つの強力な収益源は好調なときほど危うく、一つの数字に運命を握られる。だからこそ、複数の国・複数の資産クラス・複数の収益源に広げる分散こそが、唯一にして最も現実的な備えになる。

豊かな資源という、誰もがうらやむ強みを持ちながら、その一点への依存ゆえに、かえって脆さを抱えてしまう。これが、資源大国の逆説です。けれど、これは決して遠い国の特殊な事情ではありません。一つの強力な収益源に頼りきれば、その一つが傾いたとき、全体が一緒に傾く。複数のエンジンで支えておけば、一つが止まっても、残りが全体を前に進めてくれる。国の経済も、企業の経営も、私たち個人の資産も、この原理においては、まったく同じです。あくまで一個人の見解ではありますが、「強みの大きさに酔うのではなく、収益源の数を増やしておく」――資源大国の逆説を見つめた末に私がたどり着いたのは、ここでもやはり、複数の柱で全体を支えるという、静かで確かな結論でした。


次回・第14話の予告: 次回は、ロシア経済は強いのか弱いのかを主役に、話を進めていきます。膨大な資源を持ち、危機のたびにしぶとく持ちこたえる一方で、単一の収益源への依存という構造的な弱さも抱える――その「強さ」と「弱さ」は、いったいどう同居しているのか。一面的な評価を避け、複数の角度から、あくまで構造として見つめていきます。今回見た「単一依存の脆さ」と「複数の柱の強さ」という主題が、さらに深く立体的につながっていきます。第14話:ロシア経済は強いのか弱いのか へ続く。どうぞお楽しみに。


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