AIは本当に人類を豊かにするのか・アメリカから学ぶ資産形成シリーズ第10話

投資・資産運用

アメリカから学ぶ資産形成シリーズも、ついに第10話を迎えました。前回の第9話では、「なぜアメリカはAIで世界の先頭を走るのか」を、巨額マネー・ベンチャー文化・厚い技術の蓄積という土台から眺め、個別のAI企業を当てにいかず指数ごと持つという私の基本姿勢をお話ししました。シリーズ全体の地図はこちらのハブ記事にまとめてありますので、流れを確認したい方は先に眺めていただくと読みやすいかもしれません。

今回は、そのAIをめぐって、もう一歩踏み込んだ問いに向き合ってみたいと思います。それは——「AIは本当に人類を豊かにするのか」という問いです。生産性は上がるけれど、雇用は奪われないのか。一部の人だけが富み、格差はさらに広がらないのか。AIに仕事を置き換えられる側ではなく、AIを「持つ側・使う側」に回るとはどういうことか。そして、4人の子どもにこれから何を伝えていけばいいのか。技術の話というより、暮らしと家計とお金の話として、私なりに考えてみます。

先にお断りしておくと、私はAIの技術者でもエコノミストでもありません。4人の子どもを育てながら、20年にわたって大家業と事業と投資を続けてきた、ただの一人の生活者です。妻を病気で亡くし、子どもたちの未来を一人で背負う中で、「この新しい波と、わが家の家計や資産形成をどう結びつけて考えればいいのか」を、素人なりに考え続けてきました。その実感の話だと思って、肩の力を抜いて読んでいただければ幸いです。なお、本記事は投資の推奨ではなく、あくまで「私個人の見解」として書いていることを、最初に申し添えておきます。


生産性は上がる、では雇用と格差はどうなるか

「AIは人類を豊かにするのか」という問いに、私はまず「豊かにする力は確かにある」と感じています。実際、AIによって多くの作業が速く・安く片づくようになり、社会全体としての生産性は上がっていくのだろうと思います。けれど、ここで立ち止まりたいのです。生産性が上がることと、一人ひとりの暮らしが豊かになることは、必ずしも同じではないからです。

「全体のパイ」と「自分の取り分」は別の話

事業を20年やってきて痛感するのは、全体の売上や生産性が上がっても、その果実が誰の手元にどう配分されるかは、まったく別の問題だということです。会社全体が儲かっても、働く人の取り分が増えるとは限らない。社会全体が豊かになっても、自分の家計がそのまま潤うとは限らない。AIをめぐっても、私はこの「全体のパイ」と「自分の取り分」を、分けて考えるようにしています。

論点 私が感じている中身
生産性 社会全体としては上がる方向に進みそう。これは恩恵の源泉になる。
雇用 一部の仕事は置き換えられ、別の新しい仕事も生まれる。移り変わりが起きる。
格差 果実が「持つ側」に集まりやすく、放っておくと差が開きやすい構図がある。

この表を眺めて私が一番気にしているのは、三段目の「格差」です。新しい技術が生む果実は、その技術を所有し、活用できる側に集まりやすい——これは歴史が繰り返し見せてきた光景のように、私には思えます。AIもおそらく例外ではないでしょう。だとすれば、ただ受け身でいるだけでは、知らないうちに「果実が集まる側」ではなく「果実が抜けていく側」に立たされかねない。ここに、私は静かな危機感を覚えるのです。

悲観でも楽観でもなく、起こりそうなことを直視する

誤解のないように申し添えますが、私はAIが大量失業を招いて社会を不幸にする、と煽りたいわけではありません。新しい技術は、奪うと同時に生み出してもきました。これまでも、機械が手仕事を置き換える一方で、それまで存在しなかった新しい職業が次々と生まれてきた。AIもまた、まだ名前のついていない仕事を生むのだろうと思います。

ただ、その「移り変わり」の途中には、必ず痛みを伴う人が出ます。古い仕事が消える速さと、新しい仕事に移れる速さが、人によって違うからです。私は、この移行のスピードのズレが、当面の格差を広げる一因になりうると見ています。これは予測というより、起こりそうなことを直視しておく心構えの話です。だからこそ、わが家としては「果実が集まる側に、少しでも身を置いておく」備えを、早めに始めておきたいと考えているのです。

「使われる側」でなく「使う側・持つ側」に回る

では、果実が集まる側に身を置くとは、具体的にどういうことなのか。私はそれを、ごく素朴に「AIに使われる側でなく、AIを使う側・持つ側に回る」と言い表しています。難しい技術を習得しろという意味ではありません。立ち位置を少しずらすだけでも、見える景色は変わると感じているのです。

三つの立ち位置を、私はこう整理している

AIという新しい道具に対して、人がとれる立ち位置を、私は大きく三つに分けて考えています。あくまで素人の整理ですが、自分の身の置き場を考えるうえで、とても役に立っています。

立ち位置 中身 私の見立て
使われる側 AIに仕事を代替され、価格競争にさらされる側 受け身だと、ここに押し流されやすい
使う側 AIを道具として使いこなし、自分の生産性を上げる側 誰でも今日から踏み出せる現実的な一歩
持つ側 AIで稼ぐ企業の果実を、株主として受け取る側 慎重な私が一番無理なく続けられる関わり方

「使う側」に回るのは、思っているより身近です。私自身、事業や大家業の細かな調べ物や文章の下書きに、AIの力を借りる場面が増えました。専門家になる必要はなく、道具として日常に取り入れるだけで、自分の時間あたりの成果はいくらか上がる。これは、特別な才能がなくても踏み出せる一歩だと感じます。

そして私が最も重んじるのが「持つ側」

ただ、「使う側」には限界もあります。私一人がAIを使いこなして生産性を上げても、それは私一人ぶんの話。年齢を重ねれば、いずれ働く時間そのものが減っていきます。そこで効いてくるのが三つめ、「持つ側」という立ち位置です。

AIで大きな利益を生む企業があるなら、その企業の株主になっておけば、自分が直接AIを操れなくても、その果実の一部を受け取れる。私が眠っている間も、子どもを寝かしつけている間も、企業の生み出した価値の一部が、株主である私のもとに少しずつ届く。これは、慎重で、技術にも疎い私のような人間にとって、AIの恩恵にあずかる最も無理のない道だと感じています。次の章以降で、この「持つ側」の発想を、もう少し具体的に掘り下げていきます。

少子高齢化の日本とAIの意外な相性

ここで一度、視点を日本そのものに向けてみたいと思います。私たちが暮らすこの国は、人口が減り、高齢化が進んでいくと長く言われ続けてきました。働く人が減っていく国——これは、家計や老後を考えるうえで、避けて通れない大きな前提です。ところが、AIという文脈で眺め直すと、この「重い前提」が、少し違った表情を見せるようにも感じるのです。

「人手が足りない国」と「人手を補う技術」

少子高齢化で働き手が減るというのは、裏を返せば「人手をどう補うか」が国全体の課題になるということです。そして、AIや自動化は、まさにその人手を補う方向の技術でもあります。つまり、人手不足に悩む社会と、人手を補う技術とは、方向としてかみ合う面がある——私はそう捉えています。

日本が抱える前提 AIが補いうる方向
働く世代が減っていく 少ない人手でも回る仕組みを支える
現場の担い手不足が深刻 定型作業や事務を肩代わりする
社会保障の支え手が細る 生産性を上げ、社会全体の余力を生む可能性

もちろん、これは「AIがあれば少子高齢化は怖くない」という楽観論ではありません。技術が課題をきれいに解消してくれる、などという話を、私はそう簡単には信じない性分です。それでも、人手不足という日本の弱点と、人手を補うAIという技術とが、まったくの無関係ではなく、むしろ相性のよい面を持っている——この視点は、過度に悲観しすぎないための一つの支えになると感じています。

ただし「日本だけ」に賭ける話ではない

ここで投資家としての私が、一つ釘を刺しておきたいことがあります。それは、「日本とAIの相性がよさそうだから、日本企業だけに賭ければいい」という話には、安易に飛びつかないということです。人手不足を補う技術の中心にいる企業が、必ずしも日本企業とは限らないからです。

AIで世界の先頭を走るのはアメリカの企業が中心で、その裏側の半導体やインフラを担う企業も、世界中に散らばっています。日本社会がAIの恩恵を受けることと、日本企業の株を持つことは、必ずしも一致しません。だからこそ私は、恩恵を受ける側の国に暮らしながら、果実を生む側の企業は世界全体から幅広く持っておく——この二段構えを意識しています。具体的には、米国株を中心とした世界株のインデックスを、暮らしの拠点である日本に住みながら持つ、という形です。これは私個人の見解にすぎませんが、暮らしの国と投資の対象は、無理に一致させなくてよいというのが、20年やってきた実感です。

株主としてAIの果実を受け取るという発想

さて、ここからがこの記事の核心です。「使う側・持つ側に回る」「果実を生む側の企業を世界から持つ」——これらを、私がどんな仕組みとして捉えているのか。鍵になるのが、「株主としてAIの果実を、複利で受け取る」という発想です。

労働の限界と、資本の無限

私は、お金の増え方には大きく二つの道があると考えています。一つは、自分が働いて稼ぐ「労働」の道。もう一つは、お金や資産に働いてもらう「資本」の道です。AIの時代を考えるほど、私はこの二つの違いが、いっそう際立ってくるように感じます。

観点 労働で受け取る 株主として受け取る
増え方の上限 自分の時間と体力で頭打ちになる 企業が成長すれば、それに乗って伸びうる
AIとの関係 一部はAIに置き換えられうる側 AIで稼ぐ企業の果実を受け取れる側
時間の働き 働いた時間ぶんだけ 持ち続けるほど複利が効きうる

労働には、どうしても限界があります。一日は24時間しかなく、体力にも年齢にも限りがある。さらにAIの時代には、その労働の一部が機械に置き換えられていくかもしれない。一方で、株主として企業の果実を受け取る道には、自分の時間や体力の限界がそのままはあてはまりません。AIが企業の利益を押し上げるなら、その企業の株主であるかぎり、私の取り分も静かに増えていく可能性がある。労働で「置き換えられる側」に立たされる不安を、資本の側で受け止め直す——この発想の転換が、私には大きな安心をもたらしてくれました。

複利は、株主側で必ず味方につける

このシリーズや当ブログで繰り返しお伝えしている、私の根っこにある考えがあります。それは、複利という大きな力を、借り手側では決して敵に回さず、株主側では必ず味方につける、というものです。AIの果実を株主として受け取る話は、まさにこの「複利を味方につける」の典型例だと、私は捉えています。

企業が生んだ利益が、配当や再投資を通じて、また次の成長の元手になる。それを長く持ち続けるほど、雪だるまのように積み上がっていく可能性がある——これが、株主側で複利を味方につけるということです。AIが本物の変化であればあるほど、その果実を生む企業群を長く持ち続けることの意味は、静かに重みを増していくのではないか、と私は感じています。

私は、借金をしてまでAIブームに賭けることは絶対にしません。借りた利息は、複利で膨らむと手のつけられない敵になるからです。けれど、株主としてコツコツ持ち続けるなら、同じ複利が今度は味方になってくれる。同じ力を、立つ側によって敵にも味方にもしてしまう——これが、20年見てきた複利の正体だと、私は思っています。

ただし、念のため申し添えます。株主として果実を受け取る道にも、元本割れのリスクは当然あります。企業の成長が止まれば、株価も下がる。AIへの期待が剥がれれば、関連企業がそろって調整に入る局面もありえます。「株主側なら必ず増える」という話ではなく、あくまで「長い目で、生活に無理のない範囲で持ち続ければ、複利が味方になりうる」という、確率と時間の話だと、私は理解しています。これは将来の成果を保証するものではありません。

わが子に教えるのは「AIに置き換えられない力」と「AIを持つ側に立つ力」

ここで、4人の子どもを育てる父親としての話をさせてください。AIの時代に、わが子に何を伝えていけばいいのか——これは、私が夜にふと考え込んでしまう問いの一つです。妻を亡くし、子どもたちの未来を一人で背負う身としては、避けて通れないテーマでもあります。

二つの方向から、子どもの足場を作りたい

私が今、子どもたちに伝えたいと思っているのは、大きく二つの方向です。一つは「AIに簡単には置き換えられない力」を育てること。もう一つは「AIを持つ側・使う側に立つ視点」を、早いうちから自然に身につけてもらうことです。

伝えたい力 私が込めている願い
置き換えられにくい力 人と信頼を築く力、自分の頭で問いを立てる力、手を動かして試す力
持つ側に立つ視点 働いて稼ぐだけでなく、資産に働いてもらう発想を知っておく
道具を使いこなす姿勢 新しい技術を怖がらず、賢く使う側に回る習慣

一つめの「置き換えられにくい力」は、何か特別な専門技能を指しているわけではありません。私がむしろ大事だと感じているのは、人と信頼を築く力、自分の頭で問いを立てる力、失敗しながらも手を動かして試し続ける力——こうした、機械には簡単に真似しにくい、人間くさい力です。AIが定型的な作業を肩代わりしていくほど、こうした力の値打ちは、かえって上がっていくのではないかと、私は見ています。

お金の教育として「持つ側」を体で覚えてもらう

二つめの「持つ側に立つ視点」は、私にとってお金の教育そのものです。働いて稼ぐことの尊さは、もちろん大前提として伝えます。そのうえで、「世の中には、企業の株主になって、その成長の果実を受け取るという道もあるのだ」ということを、難しい理屈ではなく、暮らしの中で少しずつ体感してもらいたいと思っています。

たとえば、子ども名義で少額の投資を一緒に眺めながら、「これは、世界中の会社のほんの一部分を、私たちが持っているということなんだよ」と話す。値が上がった下がったに一喜一憂するのではなく、長く持ち続けることで、世界全体の成長の一部を受け取っていく——その感覚を、頭ではなく体で覚えてもらえたら、と願っています。AIに「置き換えられる側」の不安だけでなく、AIの果実を「受け取る側」に立てる選択肢があることを知っているかどうかは、子どもたちの心の余裕を、大きく変えるように思うのです。これは私個人の教育観にすぎませんが、わが家ではそう考えています。

技術悲観でも楽観でもなく、構造で備える

ここまで、雇用や格差への懸念、持つ側に回る発想、子どもへの伝え方を見てきました。最後の本論として、私がこのテーマ全体にどう向き合っているか——その姿勢そのものを、整理しておきたいと思います。一言でいえば、「技術悲観でも楽観でもなく、構造で備える」という構えです。

感情で揺れず、仕組みで身を守る

AIの話題は、人の感情を大きく揺さぶります。「仕事を奪われるのでは」という不安と、「乗り遅れたら損するのでは」という焦り。この二つの感情の間で、人は振り子のように揺れがちです。私自身、ニュースを見ては気持ちが沈んだり、逆に浮き足立ったりすることが、正直あります。

けれど、20年やってきて学んだのは、感情で動くと、たいてい高いところで飛びつき、安いところで投げてしまうということでした。だから私は、感情ではなく仕組みで備えるようにしています。具体的には、こういう構えです。

ありがちな反応 私が選ぶ「構造での備え」
不安で現金に逃げ込む 世界全体の指数を、生活に無理ない範囲で持ち続ける
焦って人気テーマに集中投資 勝者を当てにいかず、市場ごと持つ
毎日の値動きに一喜一憂 長期・分散・積立を淡々と続ける

「どの勝者でも組み込まれる」という安心

AIの勝者が誰になるかは、私にはわかりません。今の巨大企業が走り続けるのか、まだ名前も知らない新しい挑戦者が主役になるのか。あるいは、私たちの想像しない形でブームが変質するのか。未来の勝者を事前に当てるのは、私のような素人にはまず無理だと、正直に認めています。

だからこそ、私は世界全体や米国市場全体を、指数ごと持つことを基本にしています。誰が勝者になっても、その企業が市場の中で大きくなれば、私の保有比率も自然と高まっていく。勝者を見抜く必要も、テーマに賭ける勇気も要りません。市場という仕組みが、勝者を勝手に組み入れてくれる——この「当てにいかない安心感」こそが、技術悲観にも楽観にも振り回されないための、私の土台になっています。AIという大きな構造変化に対して、私もまた「構造」で受け止める。これが、慎重な私のたどり着いた答えです。

こうした考えの背骨にあるのが、米国株を中心とした世界株インデックスを、長期で淡々と保有し続けるという、ごくありふれた方針です。派手さはありませんが、AIの果実を「持つ側」で受け取り、複利を味方につけ、勝者を当てにいかずに済む——この三つを、一つの持ち方で同時に満たせるところに、私は地味だけれど確かな安心を覚えています。もちろん、これも私個人の見解であり、元本割れのリスクや将来の不確実性を含む選択であることは、いつも忘れないようにしています。

まとめ——AIの果実は「持つ側」で、いつもどおりの距離感で受け取る

今回は、「AIは本当に人類を豊かにするのか」という大きな問いを入り口に、雇用や格差への懸念、使う側・持つ側に回る発想、少子高齢化の日本との相性、株主として複利で果実を受け取る道、そして子どもへの伝え方までを、私の20年の実感を交えて眺めてきました。最後に、要点を私なりに整理しておきます。

  • AIは社会全体の生産性を上げる力を持つ一方、その果実は「持つ側」に集まりやすく、放っておけば格差が広がりうる——だからこそ、受け身でいないことが大事だと、私は感じています。
  • AIに使われる側でなく、使う側・持つ側に回る。とりわけ、株主として企業の果実を複利で受け取る道は、慎重で技術に疎い私のような人間でも、無理なく続けられる関わり方だと捉えています。
  • 勝者を事前に当てるのは素人には難しい。だから、技術悲観でも楽観でもなく、米国株を中心とした世界株インデックスを長期で淡々と持つことで、どの勝者が現れても自然と組み込まれる——これが「構造で備える」という、私なりの答えです。

AIという大きな波に対して、私が選んでいるのは「飛び込む」ことでも「逃げ込む」ことでもなく、「いつもどおりの距離感で、果実を持つ側として受け取り続ける」ことです。労働で置き換えられる不安を、資本の側で静かに受け止め直す。複利を、借り手側では敵にせず、株主側で味方につける。新しいフロンティアにこそ、慌てず、振り回されず、淡々と——この姿勢が、かえって長く市場に居続けることを助けてくれると、私は感じています。これは私個人の見解にすぎませんが、AIの話題に心が躍ったり、逆に不安になったりしている方がいれば、少しでも落ち着いて足場を確かめるきっかけになれば嬉しいです。


このシリーズを最初から読みたい方は第1話から、全体像をつかみたい方はシリーズのハブ記事を、さらに当ブログ全体の地図は統合ハブをご覧ください。

第11話:バンガードはアメリカ企業なのにオルカンは安心なのか へ続く

▶ 次の話:第11話 バンガードはアメリカ企業なのに、オルカンは安心なのか

タイトルとURLをコピーしました