はじめに──「売り時」を何度も検討してきた物件
大家として20年近く不動産投資を続けてきた中で、区分マンションを1室、比較的早い時期から保有し続けています。この物件については、これまで何度も「売却すべきかどうか」という判断を迫られる場面がありました。市況の良いタイミングで売却の打診を受けたこともありますし、修繕費がかさむ時期には「そろそろ手放すべきか」と真剣に悩んだこともあります。
それでも結果として、私はこの区分マンションを売却せず、保有継続という選択を取り続けてきました。この記事では、なぜ売却ではなく保有継続を選んだのか、その判断の背景にある考え方について、具体的な数字や経験を交えながらお伝えしていきたいと思います。不動産投資における「出口戦略」に悩んでいる方の参考になれば幸いです。
なお、この記事で紹介する数字や判断はあくまで筆者個人の一物件における経験であり、すべての区分マンション投資に当てはまるものではないという前提でお読みいただければと思います。立地や築年数、購入時期によって条件は大きく異なるため、あくまで一つの考え方の参考として捉えていただければ幸いです。
売却を検討した3つの局面
この物件を保有してきた中で、売却を真剣に検討した局面は大きく3つありました。1つ目は、購入から数年が経ち、周辺エリアの相場が上昇し、売却益が期待できるタイミングが訪れたときです。不動産会社から売却の提案を受け、実際に査定も取りました。2つ目は、大規模修繕のタイミングで、修繕積立金の一時金負担が発生し、まとまった支出が必要になったときです。3つ目は、入居者の退去が重なり、空室期間が想定より長引いたときです。
いずれの局面でも、目先の状況だけを見れば「売却して身軽になったほうが良いのでは」という考えが頭をよぎりました。特に大規模修繕の一時金負担が発生したときは、正直なところ、保有を続けることへの迷いが最も強かった時期です。まとまった支出が発生するタイミングというのは、心理的にも「もう手放したい」という気持ちが強くなりやすい局面だと感じています。
しかし、こうした局面のたびに、目先の感情だけで判断を下すのではなく、一度立ち止まって長期的な収支やキャッシュフローの見通しを冷静に計算し直すようにしてきました。この冷静な検証の積み重ねが、結果として保有継続という判断を後押ししてきたのだと思います。
保有継続を選んだ理由(1)──長期の家賃収入の安定性
保有継続を選んだ最大の理由は、この物件が長期にわたって安定した家賃収入をもたらし続けてくれているという実績にあります。区分マンションという性質上、一棟物件に比べると空室リスクの分散はできませんが、立地の良さもあり、退去が発生してもおおむね数か月以内に次の入居者が決まる状態を維持できています。
売却して得られる一時的なまとまった資金と、保有を続けた場合に長期的に得られる家賃収入の累計額を比較したとき、少なくともこの物件については、保有継続のほうが長期的なリターンが大きいという試算結果になりました。もちろん将来の家賃相場や空室リスクには不確実性がありますが、これまでの実績をもとに保守的に見積もっても、売却による一時金よりも、保有を続けて得られるキャッシュフローの総額のほうが優位性があると判断しています。
個人事業主としての収入は変動が避けられない中で、毎月一定額の家賃収入が入り続けるという安心感は、数字以上の価値があると感じています。この「精神的な安定」も、保有継続を選んだ理由のひとつです。
保有継続を選んだ理由(2)──売却コストと再投資の手間
不動産を売却する際には、仲介手数料や譲渡所得税など、無視できないコストが発生します。売却によって得られる資金を、そのまま次の投資に振り向けようとしても、これらのコストが手取り額を目減りさせてしまいます。さらに、売却後に新たな投資先を探し、精査し、購入手続きを進めるまでには、相応の時間と労力がかかります。
この物件を売却して得られる資金で、同等以上のリターンが期待できる再投資先を、確実に見つけられるという保証はありません。不動産市況は常に変動しており、良い条件の物件を売却したタイミングで、同じように良い条件の物件を新たに購入できるとは限らないのです。「今の物件を手放して、もっと良い物件に乗り換える」という発想は魅力的に聞こえますが、実際にはその乗り換えにかかるコストとリスクを冷静に見積もる必要があります。
この物件については、長年の運用実績があり、入居率や修繕履歴、収支の傾向をすべて把握できているという「既知の安心感」があります。未知の新規物件に乗り換えるリスクと比較したとき、実績のある物件を持ち続けることの優位性は、数字だけでは測りきれない部分も含めて大きいと感じています。
保有継続を選んだ理由(3)──大規模修繕を乗り越えた後の資産価値
大規模修繕のタイミングで一時的な負担が発生したことは事実ですが、この修繕を経たことで、建物全体の資産価値がむしろ維持・向上したという側面もあります。外壁や共用部の修繕がきちんと行われているマンションは、入居希望者からの印象も良く、将来的な賃貸需要にもプラスに働くと考えています。
修繕積立金の一時金負担は、確かに短期的なキャッシュフローを圧迫する要因です。しかしこれを「コスト」としてだけ捉えるのではなく、「建物の資産価値を維持するための投資」として捉え直すことで、保有継続の判断がしやすくなりました。修繕を終えた後の物件は、修繕前よりも競争力のある状態になっているはずだという見通しを持てたことが、目先の負担を乗り越える支えになりました。
保有継続によるデメリットも正直に伝えたい
ここまで保有継続のメリットを中心にお伝えしてきましたが、当然デメリットもあります。まず、資金が長期間拘束されるという点です。売却すれば得られたはずのまとまった資金を、他の投資機会に振り向けることができません。市況によっては、もっと有利な投資先が現れたときに、機動的に資金を動かせないというもどかしさを感じる場面もあります。
また、区分マンションという性質上、管理組合の意思決定に自分ひとりの意向を強く反映させることは難しく、大規模修繕の内容や積立金の設定について、必ずしも自分の希望通りにならないという制約もあります。この点は、一棟物件を保有する場合とは異なる、区分マンション特有の難しさだと感じています。
こうしたデメリットを踏まえたうえでも、これまでの実績や将来の見通しを総合的に判断した結果として、保有継続という選択を続けているというのが正直なところです。
投資家としての「売らない判断」への向き合い方
投資の世界では、「損切り」や「利益確定」のタイミングを見極めることの重要性がよく語られます。しかし、不動産投資、特に長期保有を前提とした区分マンション投資においては、頻繁な売買を繰り返すことよりも、腰を据えて保有し続けることのほうが、結果的に良いパフォーマンスにつながる場面が多いというのが、これまでの経験から得た実感です。
株式投資においても、優良な銘柄を長期保有し続けることの重要性が語られることがありますが、不動産投資における区分マンションの保有継続も、根本的な考え方は似ていると感じています。目先の市況変動や一時的な支出増に振り回されず、長期的なキャッシュフローと資産価値を軸に判断すること。この一貫した姿勢を持ち続けることが、投資家として最も大切な資質のひとつなのだと、この物件との20年近い付き合いを通じて学びました。
具体的な収支のシミュレーションで確認したこと
保有継続の判断を下すにあたって、感覚だけに頼るのではなく、具体的な数字でシミュレーションを行うことを大切にしてきました。まず、売却した場合に手元に残る金額を試算します。売却想定価格から、仲介手数料(売却価格の3%+6万円が目安とされる水準)、譲渡所得にかかる税金、ローンが残っている場合はその返済分を差し引いた「手取り額」を算出します。
次に、保有を継続した場合に、今後想定される期間(例えば10年、20年)で得られる家賃収入の累計額から、管理費・修繕積立金・固定資産税・空室リスクを考慮した想定支出を差し引いた「実質的なキャッシュフローの累計」を試算します。この両者を比較したとき、保有継続のほうが長期的に優位であるという結果が、この物件については一貫して出てきました。
もちろん、この試算には不確実な要素が多く含まれます。将来の家賃相場が下落する可能性、空室期間が長期化する可能性、予期せぬ大規模修繕が発生する可能性など、保守的に見積もるべき項目は数多くあります。だからこそ、楽観的な前提ではなく、やや厳しめの前提を置いたうえでシミュレーションを行い、それでも保有継続が優位だという結果が出たことが、判断への確信を強める材料になりました。数字による裏付けがあることで、感情に流されず、一貫した判断を続けられていると感じています。
修繕積立金の一時金負担にどう備えてきたか
大規模修繕に伴う一時金負担は、区分マンション投資における大きな不安要素のひとつです。この負担にどう備えるかについても、長年試行錯誤を重ねてきました。我が家では、家賃収入の一部を毎月、修繕関連の予備費として別口座に積み立てる仕組みを作っています。管理組合が徴収する修繕積立金とは別に、想定外の一時金負担にも対応できるよう、独自の備えを持つようにしているのです。
この予備費があったことで、実際に一時金の負担が発生した際も、慌てて資金繰りに走り回ることなく、落ち着いて対応することができました。不動産投資において、予期せぬ支出への備えを日頃から積み立てておくことは、区分マンションに限らず、一棟物件やその他の投資用不動産においても共通して重要な考え方だと感じています。
投資家として株式や投資信託の運用を続けてきた経験から、「余裕資金の確保」の重要性は常に意識してきました。不動産投資においても同様に、目先の利回りだけを追い求めるのではなく、不測の事態に備えた余裕を持つことが、長期保有を可能にする土台になっているのだと実感しています。
子どもたちへの資産承継という視点
大家として20年、複数の不動産を保有してきた中で、この区分マンションについては、将来的な資産承継という視点も、保有継続を選ぶ理由のひとつになっています。4人の子どもたちがそれぞれ独立していく将来を見据えたとき、安定した家賃収入を生み続ける資産を保有していることは、家族全体にとっての安心材料になると考えています。
もちろん、資産承継を前提にした保有には、相続時の評価や分割方法など、あらかじめ整理しておくべき課題も数多くあります。区分マンションという「分割しにくい資産」を複数の子にどう引き継ぐか、あるいは売却して現金化したうえで分配するかといった判断は、簡単に答えが出るものではありません。それでも、早い段階からこうした将来の選択肢を意識しながら物件を保有し続けることは、行き当たりばったりで資産形成をするよりも、長期的に見て家族にとって有益だと考えています。
この視点を持つようになってから、単に「今の自分にとって得か損か」だけでなく、「この資産が将来、家族にとってどのような意味を持つか」という、より長期的な時間軸で保有継続の判断をするようになりました。投資家としての判断基準に、親としての視点が加わったことで、目先の市況変動に一喜一憂することが減っていったように感じています。
一棟物件との違いから見えた区分マンションの立ち位置
大家業を通じて、区分マンション以外にも複数の物件を保有してきた経験があります。一棟物件と比較すると、区分マンションには管理の手間が少ない、初期投資額を抑えやすいといったメリットがある一方、管理組合の意思決定に自分の意向を強く反映させにくい、空室リスクの分散が効きにくいといったデメリットもあります。
こうした特性を踏まえたうえで、我が家のポートフォリオ全体における区分マンションの立ち位置を、「安定的なインカムの一部を担う守りの資産」として位置づけています。一棟物件でより積極的なリターンを狙う一方、区分マンションは手間をかけずに安定収入を得られる資産として、役割を分けて考えるようにしてきました。
この役割分担の視点を持つことで、区分マンション単体の利回りだけを見て一喜一憂するのではなく、保有資産全体のバランスの中でこの物件の意味を捉えられるようになりました。ポートフォリオ全体を俯瞰したとき、この区分マンションを手放すことで得られる一時的な資金よりも、保有し続けることで安定収入源としての役割を果たしてもらうことのほうが、我が家の資産構成にとって理にかなっていると判断しています。
まとめ
区分マンション投資において、売却ではなく保有継続を選んできた背景には、長期の家賃収入の安定性、売却コストと再投資の手間、大規模修繕を乗り越えた後の資産価値という、3つの理由がありました。もちろん資金の拘束というデメリットもありますが、総合的に判断した結果、この物件については保有を続けることが最善だと考えています。
不動産投資における「保有か売却か」の判断に悩んでいる方にとって、この記事が少しでも参考になれば幸いです。数字に基づいた冷静な判断と、長期的な視点の両方を持つことが、後悔のない選択につながるはずです。
今後もこの物件については、市況や家族の状況の変化に応じて、定期的に保有継続の妥当性を検証し続けていくつもりです。一度決めた判断に固執するのではなく、状況が変わればその都度立ち止まって考え直す。この柔軟さを持ちながらも、目先の変動に振り回されない一貫した軸を持つこと。この両立が、長期の不動産投資においては欠かせない姿勢だと感じています。
20年近く不動産と向き合ってきた中で、この物件は私にとって単なる投資対象以上の存在になっています。何度も訪れた「売り時」の局面を乗り越えるたびに、数字だけでなく自分自身の投資家としての判断基準そのものが磨かれてきたように感じています。これからも、この物件との付き合いを通じて、長期的な視点で資産と向き合う姿勢を大切にしていきたいと思います。
数字と向き合いながらも、家族の未来を見据えた長期的な視点を忘れずに、これからも資産形成に取り組んでいきたいと思います。
この経験が、同じように保有か売却かの判断に迷う誰かにとって、少しでも助けになれば幸いです。
焦らず、じっくりと数字と向き合いながら判断していただければと思います。
この記事が、そのための小さな一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
改めて感謝申し上げます。
免責事項
本記事は筆者個人の経験に基づく一般的な情報提供を目的としており、特定の不動産投資や物件の保有・売却を推奨するものではありません。記事中の数字や試算はあくまで一例であり、実際の収支は物件や市況によって大きく異なります。不動産市況や個別物件の状況は常に変動するため、投資判断は必ずご自身の状況を踏まえたうえで、不動産会社や税理士、ファイナンシャルプランナー等の専門家にご相談のうえ行ってください。相続や資産承継に関する判断についても、税理士や弁護士など専門家への相談を強くお勧めします。個別の税務・投資・法律判断については専門家にご相談ください。


